田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

我々誰の心の中にも「賢明なもう一人の自分」がいる。そう述べると驚かれるかもしれないが、そのことを教えてくれる映画の一場面がある。

それは、二人の名優、ロバート・デ・ニーロとメリル・ストリープの共演による1984年の米国映画『恋におちて』の一場面であるが、夫を持つ身であるモリーは、妻帯者のフランクを好きになってしまう。そのため、フランクとの逢引きの前に、彼女は、鏡を前に夢中になって服を選び続けるのだが、そのとき、ふと、モリーの中から「もう一人の自分」が現れ、鏡に映る自分に向かって、次の言葉を語りかける。

What are you doing?(あなた、何をしているの…)

すなわち、一時の感情に流されている自分に対して、冷静にその姿を教えてくれる「賢明なもう一人の自分」。怒りや嫉妬など、エゴの衝動に突き動かされているとき、その自分の姿を冷静に見つめ、囁きかけてくれる「もう一人の自分」。

必要なとき、必要な場面で、その自分が現れてくるか否かで、人間関係は大きく異なってくる。  
それゆえ、世の中では、人物を評するとき、次のような言葉が使われるのであろう。

「彼は、自分が見えなくなっているから危うい」 「彼女は、自分が見えているから安心だ」

また、感情やエゴに突き動かされる自分の姿を静かに見つめる「もう一人の自分」は、その場面でなくとも、少し遅れて出てくるだけでも、人間関係における無用の摩擦を避けることができる。

それが、「先ほどは、少し感情的になっていました…」といった謝罪の言葉であろう。

このように、我々の心の奥深くから自分の姿を静かに見つめている「賢明なもう一人の自分」の存在は、人間関係においても重要な役割を果たすが、実は、我々の能力の発揮や才能の開花においても大きな役割を果たす。

例えば、世の中には、せっかく優れた能力を持ちながら、大舞台において、強いプレッシャーのため、その力を十分に発揮できないという人は多い。

しかし、プロ野球大リーグで活躍したイチロー選手は、かつて、歴史的記録がかかった試合の前に「プレッシャーを感じませんか?」とのインタビューを受け、こう答えている。

「もちろん、大変なプレッシャーを感じます。しかし、そのプレッシャーを楽しんでいる、もう一人の自分もいるのですね」

このように、心の中に「賢明なもう一人の自分」がいることによって、プレッシャーに潰されず、持てる能力を十全に発揮できることも事実である。

文=田坂広志

VOL.49

人生100年時代の覚悟

VOL.1

なぜ、「集団的無責任状況」が生じるのか

PICK UP

あなたにおすすめ

合わせて読みたい