生命は地球の重力のもとでさまざまな進化を遂げてきた。だからこそ生命の謎・進化の過程を解くには、重力がない環境、すなわち微小重力の世界と比較して、初めて理解が進む。
「我々人類を含む生命は地球上で誕生して以来、ずっと重力が存在する世界で進化してきました。そのため、重力というベールを取り去ることによって、生物が本来備えている特性や、逆に重力にどの程度依存しているのかがわかるのです」と語るのは、有人宇宙技術部門・きぼう利用センターの白川正輝グループ長(*)だ。
「例えば、植物は地中に埋めても下に根が伸びる点で、重力を感知する仕組みが備わっています。また、メダカなどの魚類は微小重力下でも子どもの誕生が確認されています。では胎盤のある哺乳類ではどうなるか? 重力がなくても受精卵が子宮に着床するのか、胎盤が形成されるのかなどは、わかっていません。今後、微小重力下で哺乳類初期胚の発生能力を調べる研究が計画されています。もし、哺乳類の誕生に重力が必要となると、進化の過程のある時点で重力の存在が前提になったと言えます」
ここでは「微小重力」5つの大きな特徴を紹介しよう。
1:骨密度が変わるなどの身体の変化
私たちは普段、重力の影響によって、立っているだけでも自分の全体重が足にかかっている。また手足を動かしたり、文字を書いているだけでも、重りをもっているのと同様に、筋肉や骨が刺激を受け筋力が維持されている。ところが微小重力下では、自ら運動をしなければ筋力を維持することができない。自然にカルシウムが失われ、骨が弱くなることにより骨粗鬆症、筋肉が衰えることで筋萎縮に似た現象が起こる。
「微小重力下では地上の骨粗しょう症患者よりも、10倍早く骨量が減少すると言われています。ISSに滞在している宇宙飛行士たちは、地上に戻ったときに身体が適応できるよう、トレーニング器具を用いて、毎日2時間の運動が義務づけられています。近年では器具も進化し、ISS滞在前よりも筋力が増強されて帰ってくる人もいると聞いています」
老化(加齢)に似た現象の加速環境モデルととらえ、現在「きぼう」ではマウスを使い、骨や筋肉への影響を軽減する薬の開発に向けた研究や加齢に伴う生体変化の仕組みの研究が行われている。微小重力下は地上よりも影響が早く出るので、薬の効果の確認にも適している。
2:上下左右のない心の変化
微小重力環境下では、上下左右の感覚がなくなる。この地上とは違う感覚によって、人間の空間認識能力が変化することが分かっている。
「微小重力下かつ閉鎖的空間であるISSでは、どうしても空間意識の混濁が起きてしまいます。それを防ぐために船内に天井を認識させる標識を設置したり、光を一方面からに集中させるなどの工夫をして、方向を決めています」
地上から約400km離れたISS。地球には自分の意思では帰れない。加えてさまざまな人種、文化的背景を持った国際チームのなか、責任ある任務を遂行するという心理的なプレッシャーも大きい。そのため、宇宙飛行士のパフォーマンスが低下しないようケアするサポートはもちろん、「きぼう」では、地上でのサーカディアンリズム(体内時計)が微小重力下でどのように変化していくのかを検証する研究も行っている。