通勤通学時間に人身事故が発生し、電車が遅延。苛立ちを覚えつつも、どこかその感情に負い目を感じてしまう。同じような経験をしたことがある人は、案外多いのではないだろうか。
日本では年間約600件もの鉄道自殺が発生しており、その数は世界的に見ても圧倒的に多い。年間約45件のカナダ、80件のスウェーデンと比較するとその差は歴然だ。鉄道利用者数が比較的多い英国でも年間約300件であることからも、日本で鉄道自殺が多発していることが窺える。
そんな日本から、鉄道自殺を少しでも減らすために、どんな対策ができるだろうか。早稲田大学政治経済学術院で自殺予防を研究している上田路子准教授に話を聞いた。
──上田先生は自殺予防の研修者であり、著書『自殺のない社会へ』も執筆されています。日本の鉄道自殺の現状はどのようなものなのでしょうか?
厚生労働省が全国の死亡診断書をもとに作成した人口動態調査によると、日本では駅構内と鉄道路線上合わせて1年間に約600件もの鉄道自殺が発生しています。
数字だけ見ると、かなりの人が鉄道を用いた自殺をしているように思えます。しかし、年間約2万件発生する自殺の中で鉄道を手段としたものは少なく、その割合は3%未満です。
性別で比較すると女性の割合が男性より高く、年代別では男女共に10代の自殺者が最も多くなっています。職場疲れが大きな要因の一つと考えられがちな鉄道自殺ですが、職業別で比較すると、被雇用者の自殺者数は年間約180件であることに対し、学生や主婦を含む職を持たない層の自殺者が年間350件を超えています。
さらに、朝の通勤通学時間帯に発生するイメージが強い一方、実際最も件数が多いのは20時台で、早朝の自殺件数は少ないことが明らかになっています。曜日ごとの件数の差はほとんど見られません。
──年間約600件もの鉄道自殺が発生しているということは、その分鉄道インフラなどに与える影響も大きいと思います。鉄道自殺が発生すると、具体的にどのような影響が生じるのでしょうか?
鉄道自殺が1度発生すると、1日あたり平均で18本の電車の運休、28本の遅延が生じることが分かっています。また、遅延時間は平均で約70分、最大で1416分=23.6時間にものぼります。
このような運行ダイヤへの影響のほかに、鉄道運転手が受ける精神的ダメージの大きさも問題視されています。さらに、発生した事故をマスメディアが報道することで、同じ駅、同じ方法で自殺を図ろうとする人々が増える「鉄道自殺の連鎖」が発生する危険性もあります。