「遊び」で変わる地域とくらし

約20年前に長野県飯山市でスタートした「かまくらの里」

スキーは、1990年代、どこのゲレンデも人でごった返すほどの人気を誇っていた。しかし、その後、スキー人口は減少の一途をたどり、日本生産性本部のレジャー白書によれば、長野五輪のあった1998年には1800万人(スノーボードも含む)いたのが、現在は3分の1の500万人を割っているともいう。

それに伴い、市場競争が激化し、スキー客は、雪質が良く、コースが広く、アクセスが良いスキー場に集中するようになった。そんな厳しい状況のなかで、閉鎖されるスキー場も増えているが、その跡地を新たな観光地として再生し、集客を成功させた地域がある。長野県飯山市にある「かまくらの里」だ。

閉鎖されたスキー場を蘇らせる

長野県の北東部に位置する飯山市。北陸新幹線では、長野駅の隣の駅が飯山駅だ。観光地としては、斑尾高原や野沢温泉が有名で、冬は2〜3mの雪が積もる豪雪地帯である。

飯山市には、かつて信濃平スキー場というスキー場があり、1990年代には年10万人を超えるスキー客が詰めかけた時期もあった。しかし、ブーム終焉の煽りを受け、2001年に閉鎖を迎えた。

元々、信濃平スキー場は住民主体の組合で開発され、民宿など地元の産業も担っていたため、地域への貢献は大きかった。そこで、その跡地周辺を有効活用して面白いことをやろうと、地元の住民たちが協力を図った。

着目したのは、観光客がお金も体力もさほど使わずに楽しめる「かまくら」だ。期間限定で、多数のかまくらが並ぶ「かまくらの里」を2002年にオープン。北陸新幹線の開通や“インスタ映え”のブームなど、外部環境の好転も手伝い、観光客数は右肩上がりに。敷地内の「レストランかまくら村」の2019年の利用者は4500名を超えたという。

この人数は、レストランかまくら村で食事をした人数であるため、かまくらの里を訪れた観光客数は、実際には1万人を超えている可能性も高い。


かまくらの里には、20基ほどのかまくらが並ぶ

平均年齢70歳超の「かまくら応援隊」

かまくらの里には、毎年20基ほどのかまくらがつくられるが、これを担当しているのが「かまくら応援隊」という職人集団だ。とは言っても、彼らはプロのかまくら職人ではない。仕事をリタイアした20人以上の方々で、平均年齢も70歳を超えている。

かまくらのつくり方にはいくつか方法があるが、かまくら応援隊は、雪のブロックを少しずつ積み上げていくオーソドックスなつくり方ではなく、大きな特注のバルーンの周りに雪を固めて、最後にバルーンの空気を抜くという特別な方法を採っている。

1基つくるのにかかる時間は、10人がかり2時間ほど。天候に恵まれれば、1日に3〜4基の作成が可能だ。最初は、遊び半分のボランティアで活動していたが、「かまくらの里」が収益事業として安定し、軌道に乗ってきたため、今ではかまくらづくりやメンテナンスで、日当も出るように。応援隊の人々にとって、生きがいかつ冬期の収入となっている。


かまくら応援隊による、かまくらづくり

執筆:内田有映 取材協力・写真提供:かまくら応援隊、信州いいやま観光局

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