フェデラー、もう一つの顔は「新入社員」 テニス界の皇帝のスタートアップ物語


フェデラーは、南米ツアーを終え機内で夜を明かし、当日朝6時にニューヨークへ到着。我々の取材に応じたのは、早朝のテレビ出演、セントラルパークでPRに使用するランニング風景の撮影などめまぐるしい行程を終えた後だった。

記者会見終了後、撮影用の衣装に着替えを済ませると、ホテル内記者会見場のすぐ隣に用意した我々の単独取材のための撮影セットへ移動。黒いバックペーパーの上に置かれたローチェアにゆっくりと腰をかけた。

フォトグラファーがシャッターを切る合間に話を引き出すというプレッシャーのなか、彼に恐る恐る声をかける。時間がないのでどんどん質問していくことを伝えようとすると、フェデラーは笑顔で「やぁ、お元気ですか?」と、私の目を見て気遣いを見せてくれた。

分刻みのスケジュールで動いており、疲労も相当溜まっているだろう。しかし、そんなフェデラーのリラックスした優しい声掛けのおかげで私の緊張の糸も一気に切れた。

スイス出身のフェデラーは、「5年ほど前からブランド名を少しずつ聞くようになったと思ったら、周りでも実際にOnのシューズを履いている人を見かけるようになりました」と、記憶をたどりながら話しだす。

「なんとなくOnの存在を認識し始めたころ、私の妻がそのシューズを履いていたんです。そこから私自身もプライベートで愛用するようになりました」

実はちょうどその頃、フェデラー自身の心境には変化が生まれていた。

「引退は当分ない」と自身で公言するが、そんな彼も現在38歳。

「テニス以外のこと、つまりビジネスに対してより強い興味を抱き始めたのは約8年前。30歳になったとき、今後の人生をどうしていきたいかを考えるようになりました」

近年、スポーツ選手のセカンドキャリアは多様化している。同じくテニスプレーヤーのセリーナ・ウィリアムズが自身のファンドを設立し投資を行っているように、ビジネスの世界へ活躍の場を広げる事例も増えている。選手としてのフェデラーは世界ランキング3位で19年を終えるなどいまなお現役選手としての衰えを感じさせないが、一方で自分自身では「その先」のことを真剣に考えるようになっていた。


全豪オープンテニスでは大会第3シードのフェデラー(Darrian Traynor / Getty Images)

そうして、フェデラーは個人投資家としてスタートアップへの投資を行うほか、自身で設立した「ロジャー・フェデラー基金」を通して、恵まれない子どもの教育支援を行うなど、アントレプレナーや慈善活動家としての活動も始めている。そんなとき、友人からある誘いを受ける。On創業者たちとのディナーだった。そこで初めて、フェデラーは彼らとの対面を果たした。
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文=安部かすみ、フォーブス ジャパン編集部 写真=アーロン・コトフスキー

この記事は 「Forbes JAPAN 3月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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