日本では、このことがずっと議論されずにきた。医療費が足りなくなると、税金で補填してきたからだ。現在、医療費負担に占める保険料は約5割で、3割以上が公費、つまり税金だ。税金が足りなくなれば、政府は赤字国債を出してきた。ただ、これも限界だ。国民皆保険制度を守りたければ、給付を抑制し、負担をあげるしかない。
もちろん、政府も対応に余念がない。ただ、いずれも上手くいっていない。給付抑制については別の機会に説明するとして、ここでは負担増、つまり医療財源の確保について述べたい。
私見だが、このまま高齢化社会で医療費の財源を確保しようとすれば、現実的には消費税を上げることしかないだろう。医療機関を受診した際の自己負担額を上げれば、何のための医療保険かわからなくなるし、所得税を上げても現役世代の負担が増えるだけだ。グローバル化が進む昨今、法人税をあげることも政治コストが高い。
社会保障が充実している欧州諸国は消費税が高いのが特徴だ。ところが、日本で消費税を上げるのは容易ではない。我々と共同研究を進めている佐藤慎一氏は「日本で消費税を欧州なみに上げるのは難しい」と言う。
日本人は政府を信用していない?
佐藤氏は元財務官僚。主税局出身で、2016年~17年まで財務事務次官を務めた人物だ。佐藤氏が、このように言うのは、景気が腰折れするとか、経済界が反対するなどの理由ではない。彼は「日本人は政府を信用していないからだ」という。そして、政府が信頼されない理由を「かつて国は無謀な戦争をして、民族滅亡の淵にまで追い込んだから」と説明する。
佐藤氏は、この国への不信感を解決するには「時間が経過するのを待つしかない」という。
また、佐藤氏が強調するのは「戦後の日本政府は本格的な増税を一度もしていない」ことだ。「昭和21年11月には1回限りだが、最高税率90%の財産税を科し、旧華族など富裕層から資産を没収する一方、一般国民に対しては、減税と社会保障費の大盤振る舞いを続けてきた」そうだ。これは国家が犯した犯罪である戦争の罪滅ぼしと言えるだ。
このような現象は日本に限った話ではない。「ゆりかごから墓場まで」と言われる英国の社会保障制度は、第二次世界大戦後に英国の労働党が提唱したものだ。この制度に基づき、国民全員が無料で医療サービスを受けられる国民保険サービス(NHS)と国民全員が加入する国民保険(NIS)が立ち上がった。
ただ、この政策が膨大な財政支出をもたらし、「英国病」と揶揄される状況を招いた。1980年代保守党のマーガレット・サッチャーが「小さな政府」を目指し方向転換することになる。日本は英国の社会保障制度を真似したと言われているが、このような制度が受けいれられた背景には、戦争への反省が共通していたのではなかろうか。