現場からの医療改革

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私は現在、ナビタスクリニック新宿で診療している。新宿駅直結の駅ナカクリニックで、患者の多くがビジネスパーソンだ。自らの健康管理に気をつかう人が多い。

ナビタスクリニック新宿で診療する際、中高年の患者が来られたら推奨しているワクチンがある。それは帯状疱疹予防のためのワクチンだ。

帯状疱疹は水痘(すいとう)ウイルスによって引き起こされる。幼少期に水痘(水疱瘡)に罹ると、通常は1週間程度で治癒するが、その後も微量の水痘ウイルスが生き残り、神経節に潜伏する。加齢と共に免疫力が低下すると、ストレスなどをきっかけにウイルスが増殖し、痛みを伴う水疱を生じる。身体の左右どちらか一方の神経に沿って発疹が出るのが特徴だ。顔面に生じることもあり、その場合には角膜炎・結膜炎や難聴、顔面神経麻痺を生じる。

ウイルスは抗ウイルス剤を服用すれば、速やかに増殖を抑制できるが、帯状疱疹がやっかいなのは、皮疹が消失したあとも長期間にわたり痛みが続くことだ。ウイルスが神経を傷害するためで、帯状疱疹後疼痛と呼ばれる。患者は「針に刺されたような痛みがいつまでも消えない」「風が吹いても痛い」「服が触れると痛む」と訴える。疼痛に対しては早期にペインクリニックを受診し、神経ブロックを行うことが推奨されているが、それでも痛みは完全にはコントロールできない。

帯状疱疹の後遺症は疼痛だけではない。英国や韓国の観察研究から脳卒中や心筋梗塞のリスクをあげることも知られている。帯状疱疹発症後の最初の半年が特に危険らしい。かくの如く帯状疱疹はやっかいな疾患だ。

では、どのような人が帯状疱疹を発症しやすいのだろうか。がんやエイズ患者など免疫抑制状態の人は特にハイリスクだが、基本的に帯状疱疹は誰でも発症しうる。ただ、加齢と共に、特に50歳を超えるとリスクは高まる。

外山望医師(宮崎県皮膚科医会)らの報告によると、50代の発症率は1000人年あたり約5.4人だが、60代で7.0人、70代で8.0人と上昇する。50代から80代までに、およそ2割の人が発症するありふれた病気だ。

帯状疱疹は患者のQOL(生活の質)を著しく損ねるため、世界中で予防法が研究されてきた。その主たる予防策は帯状疱疹を抑制するためのワクチン接種だ。

最初の帯状疱疹ワクチンは、米メルクが開発した水痘ウイルスを弱毒化した生ワクチン「ゾスタバックス」だ。2006年5月に60歳以上の高齢者を対象に米国で承認された。60歳以上の成人3万8000人を対象とした臨床試験で、帯状疱疹の発生率が61%低下している。

そんなゾスタバックスにライバルが現れた。2017年10月に米国で承認された英グラクソ・スミスクライン社(GSK)が開発したシングリックスだ。

シングリックスには免疫賦活剤であるアジュバント(Agenus社のQS-21 Stimulon)が含まれているため、接種部の疼痛などはゾスタバックスより強いようだが、市販後調査では約320万回の接種で入院を要するような重篤な有害事象は4件だけだった。安全性は高いと考えられている。

このような研究報告を受けて、シングリックスの使用は急増した。発売からわずか5ヵ月月で、米国での帯状疱疹ワクチン市場の90%以上のシェアを確保し、発売初年度の売上は10億ドルを超えた。GSKは製造が追いつかず、今年4月、米モンタナ州の製造拠点に1億ドルを投じて拡張すると発表した。

文=上 昌広

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