親の老いとどう付き合うか。衰えた親をみる「痛み」とどう折り合うか

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昨年、映画化されて話題を呼んだ平野啓一郎の小説、『マチネの終わりに』の中に、主人公の世界的クラシックギタリスト・蒔野聡史が次のように語るシーンがある。

「人は、変えられるのは未来だけだと思い込んでる。だけど、実際は、未来は常に過去を変えてるんです。変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。過去は、それくらい繊細で、感じやすいものじゃないですか?」

実は、筆者は最近、蒔野の言葉通り、「未来(過去から見れば現在)が過去を変える」ことで苦しんでいる友人に複数出会った。それまで自分を毅然と叱っていた親が年を取り、衰えたその姿が自分の子供時代の思い出を侵食していると感じる、あるいは、母親の老化を受容できない妻をどうケアすべきか悩んでいる、と聞かされたのだ。少なくとも筆者の周囲に、親の「老い」で悩む人は少なくない。

われわれは親の「老い」をどう受け止め、親と過ごした過去の思い出とどう付き合っていくべきか。

ロングセラー『「普通がいい」という病〜「自分を取りもどす」』 や『仕事なんか生きがいにするな:生きる意味を再び考える』などの著書で知られ、独自の療法によって多くの患者を助けてきた精神科医でもある泉谷閑示氏に聞いた。


泉谷クリニックのインターホンを押すと、診察室にも使われているらしい部屋へと招き入れられた。静謐そのものの空間に、白檀の香りがかすかにただよう。天井までぎっしりと本で埋め尽くされた本棚が目を引いた。

そして泉谷氏から開口一番、「親の老いた姿を見ること、それは本当に『悩み』なのでしょうか?」と逆に問われる。


泉谷閑示氏

「悩みというより、もしかしたらそれは、親からの『解放』であると捉えてもいいかもしれませんよ。かつての親の、ある意味威圧的で、完璧なイメージが壊れることで、それに縛られていた自分が楽になるということも起こり得るのです。

私はセラピーでクライアントに、幼い頃に見上げたイメージのままで親を捉え続けていることが、現在のあなたの人生を窮屈にしている原因になっているかもしれないと話すことがあります」

とくに支配的・強権的な親の場合、親は、子どもにとって「超自我の権化」のような存在になっているもの。それにずっと監視され、上から目線で評価され続けることで、大人になっても人生に負の影響を及ぼし続けている臨床例は、実は驚くほど多いというのである。

「親のイメージというものは、意識的に上書きして書き換えないと変わらないもの。それをしないと、中年になっても親との関係を変えていけないのです」と泉谷氏は指摘する。

「人間が歪む原因は、ほぼ100%親との関係の中で生ずると言っていいかも知れません。親だって、当然、不完全な人間に過ぎないはずで、さまざまな歪みや未熟さを持ち合わせている。にもかかわらず、家庭という密室の中では、あたかも『神』のような顔をして君臨してしまいがち。しかし、それによって子どもの自己肯定感が不当に損なわれてしまったり、認知が歪められてしまったりするのは、実によくあることなんです」

その「神」を殺さないと、人はなかなか本当の自分にはなれない、というのである。
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文・構成=石井節子

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