一方、アップル側にはDXを成功たらしめた背景があった。
「当時、アップルは経営不振に陥り、再建作業に入っていました。そのせいで、資金的に小規模な市場にしか目を向けることができなかった。それが結果的に、アップルのビジネスのマイナス部分がプラスに変わるきっかけになったんです。つまり、フリンジ・テクノロジーを使うしかなかったことが、帰結としてイノベーションを起こすことにつながったのです」。
先のソニー/アップルの事例でもわかるように、過去30年間の歴史を振り返ってみれば、DXの普及、および、進化が、いかに経済の仕組みを根底から覆し、それにより、いかに我々の生活が変わったか誰もが実感するところであろう。教授は力説する。「だからこそ、今こそ日本は少子高齢化、労働力欠如というデメリット・危機感を生かし、非主流的な技術を追求、アドバンテージに変えていかなければならないのです」。
また、「グローバルなDXは、まだ生まれたばかりの赤子のようなもの。いま、目に映っているのは小さな範囲での一側面に過ぎません。このデジタル技術革命がどのように世界経済や個人の生活を変えるのか、全体像を語るのは時期尚早。19世紀の産業革命と同様、実用化を実現させ、社会的なインパクトを起こすまでに要した半世紀以上の年月を、私たちは現在のDXの結実たる解を見出すまでに必要とするのではないでしょうか。そのとき、見えてくるのは『人間が人間であることの意味(What does it mean to be a human?)』だと思います」。
では、私たちはいかにこのDX時代を乗り越えていけばいいのか。アルン教授からの提言はこうだ。
「日本はロボット産業においては、パイオニアとして世界の50%の市場を占め、世界を牽引していると言えます。ですから、5Gの分野においてもロボットとテクノロジーとの融合で世界をリードしていける可能性は十分にあります。ただ、ふたつ不十分なことがあります。ひとつは宣伝が下手なこと。ともすると、日本は海外の国から後れを取っているという印象を持たれかねません。ふたつ目は、いわゆるエコシステムです。他国に比べて国・大企業・スタートアップ・個人などの連携が確立されていません。日本にとって、国家主導のもと、企業と一体となって起業家育成を推進することは、ほぼ使命と言ってもいいでしょう」。
企業にできることはあるのか。
「まずは何より、企業に所属する誰もが目まぐるしく変わる技術革新の中で、常に新しい発見や事例に謙虚に耳を傾け、真摯に学ぼうとする姿勢を持ち続けることです」。
そして、何より大切なこととして、CDO(Chief Digital Officer)やCTO(Chief Technology Officer)の役割向上を主張する。
「企業はCDOやCTOに、CFOと同等の権限を与えなければなりません。これからの時代は、デジタルを駆使してビジネス全体を戦略的かつ包括的に推進できる能力がCDOには必要です。また、同様に、CTOは企業内での発言権をもたせなければなりません。かつてソニーミュージックの経営陣がテクノロジーの視点から見た社員の提言に耳を貸していれば、いま世界は全く異なるマーケティングマップを描いていたはずですから」
アルン・スンドララジャン◎NY大学スターン・スクール教授であり、シェアリングエコノミー研究の第一人者。ニューヨーク・タイムズやハーバード・ビジネス・レビューなど多くのメディアに論説やコメントを掲載。