以前私は、新宿にあるある小さな理容室「ザンギリ」に対して経営のアドバイスをしたことがあります。
当時は、「10分1000円」の理容室が急激に増えていました。このような激安理容室というのは、構造主義的な分析から生まれたものです。
理容室で行うサービスは、洗髪、カット、髭剃り、マッサージと複数あり、それらをまとめて総合調髪と呼びます。つまり総合調髪の要素を分解し、そこからカット以外を切り捨てるという発想から1000円カットの理容室は生まれたのです。
理容業界は、1000円カットの出現により価格競争の波に飲み込まれました。そして、総合調髪理容室の価値をお客さんに理解してもらいにくくなったのです。
私がこの理容室に対して最初にしたことは、「この理容室はどんな付加価値を提供するのか」を定義することでした。ここが決まり、それを大切にしさえすれば、あとはアイデアが出るように後押しする程度で、継続することでビジネスは上向きます。
具体的には、まず「総合調髪の理容室」を「正」とし、「価格競争の市場」を「反」と定義します。つまり、この理容室は1000円カットの存在を受け入れ、どう止揚させるかを考えたのです。そこで、差別化を目指すわけです。
新宿の理容室「ザンギリ」
ここで、止揚させる「合」は、今までにはなかった付加価値を提供する「新しい総合調髪の理容室」です。つまり1000円カットと棲み分けるお店(合)にならなければなりません。そこで私はザンギリを「ビジネスマンのお客さんを元気にして再び送り出す理容室」と定義しました。
この定義に沿って、たとえば「運がつく理容室」というキャッチコピーをつけたり、銭洗弁財天で磨いた5円玉を渡し「出世する人の多い理容室」というコンセプトを広めたりと、さまざまな工夫を行いました。
結果、顧客満足度をアップさせ、集客を増やしつつ単価も上げることができ、理容室の売上も大きく伸ばすことができたのです。
「ザンギリ」店長の大平法正氏。2010年10月、NHKの情報番組「ごごナマ」に出演した時の画面。
止揚させるというダイナミックなプロセス
しかしここでお伝えしたいのは、「構造主義と比べて弁証法が優れている」ということではありません。
構造主義から生まれたロジカル・シンキングやクリティカル・シンキングは、現在のビジネスシーンにおいても極めて有用な手法です。ただ弁証法を使うことで、止揚させて「高次のものにする」というダイナミックなプロセスを理解したり、創造したりすることが、ずっとやりやすくなるのです。
今、私たちが熱心に使っている構造主義のアプローチの特徴をよく理解すれば、弁証法の特徴、使い方もよくわかります。
たとえば、腕の良い大工さんは、金槌、木槌、カンナ、ノコギリをいくつも揃え、その場に合わせて使い分けています。これと同様に、自分がいまどのような思考に則って物事を判断し、発想しているのかを知り、さまざまな思考ツールを道具として使いこなすことが大切です。
20世紀後半に出現したインターネットにより、社会には情報革命が起こりました。現在は、誰でも、調べようと思えば大抵のことがわかります。つまり、知識そのものは競争上の大きな優位性とはならなくなったのです。そのような時代に、競争力の優位性になり得るのは「創造性」にほかならなりません。21世紀の今こそ、発想や創造に適したダイナミックな弁証法を見直すことが必要なのです。