デビッド(グリーンスパン監督)はかつて京都に留学していたことがあり、私はそこで彼に出会い、それ以来友人として付き合っています。
実は、デビッドが『Bean Cake(おはぎ)』を撮影する何年も前のこと。テーマに悩んだ彼は私に、どのようなテーマの映画を作ればよいのか相談をしてきたことがありました。
そこで、私は「弁証法」を使って彼の映画のテーマを考えてみることにしました。前回の記事と重複しますが、弁証法とは、「相容れないふたつの要素を統合させる」こと。それがこの映画作りでどう生きたのか紹介したいと思います。
カンヌ映画祭の最高賞「パルム・ドール」は、2018年には「万引き家族」で是枝裕和監督が受賞した。(Shutterstock)
「映画」が「正」、日本は「反」
まず、彼がどのような関心を持っているかを洗い出したところ、彼にはふたつの強い関心領域があることがわかりました。ひとつはもちろん「映画」、そしてもうひとつは「日本」です。
そこで私は、このふたつを弁証法的に展開させるにはどうしたらよいかと考えました。まず、映画を「正」として、日本を「反」とし、止揚(アウフヘーベン、次元を一段階あげること)できないかを検討します。しかし、彼には日本での滞在経験がそれほどあるわけではなく、日本を舞台にした映画を作れるほど日本や日本人を知っているわけではありません。
そこで、別の方法がないかと考え、思い浮かんだのが、小説を原作とするというアイデアです。では、何の小説を原作としたらいいのか? 今度はそこを考える必要がありました。
弁証法的な発想を「映画と日本」「日本と小説」と2回に分けて考え、欧米人作家のなかで「日本」と「小説」を弁証法的に組み合わせた人はいないだろうかと考えていき、ギリシャで生まれ、日本の伝承を題材に多くの作品を生み出した作家、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)に行き当たりました。
そして私はデビッドに、「小泉八雲の作品を原作に映画を作ればいい」とアドバイスをし、彼は小泉八雲の「赤い婚礼」という作品を原作に『Bean Cake(おはぎ)』を卒業作品として制作したのです。