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2019.09.08 20:00

日本人作家がアメリカで挑戦。英語で恋愛小説を出版するまで


とはいえ、実用書や学術書ならいざ知らず、文章や言葉のニュアンスが重要視される小説となると、執筆作業はかなりハードルの高いものとなる。ましてや、その作品を、きちんとした出版社から単行本として刊行するとなると、さらに至難の技となる。

新人の小説家がデビューするプロセスは日米で驚くほど違う。日本では、基本的に各出版社が主催する文学賞や小説賞に応募するところから始まる。持ち込み原稿はまず読まれない。賞に応募して、受賞したり、編集者の目に留まったりしてデビューするケースがほとんどだ。

アメリカの場合は「賞」のようなものはないに等しく、作家志望者が、直接、出版エージェントに原稿を持ち込むという過程を経る。なので、作家志望者は、全米に数百もあるエージェントに持ち込みの打診をするところから始まる。

長野は、50近いエージェントにアプローチをするが、捗々しい返事はどこからも得られなかった。しかし、あきらめずにサンフランシスコで開かれる作家志望者のコンベンションに参加、そこで講師をしていた出版編集者に原稿を渡して、出版への機会を得たという。

さらに、優秀なフリーランスの編集者を自ら探して、マンツーマンでアドバイスを得て、英語原稿のカンナがけに時間をかけること2年以上。こうして、出版までにはゆうに5年はかかったという。

「心地よい文体」と評される

英語を母語としない長野が、「the Sea of Japan」を執筆するうえで最も腐心した文章についても、予想外に評判が良い。長野はアメリカ人の読者に向けて、ことさら修辞的に無理することなく、平易でシンプルな文体で物語を紡いだ。

アメリカの出版界で最も権威があるPublisher’s Weekly誌は、「Keita Naganoは、日本をとても心地よい文体で描いている」と評している。また富山県の姉妹州である、米国オレゴン州のディーン・アルターマン日米協会会長は、自身の執筆した書評で「日本に興味を持つ読者はけっして読み逃してはならない1冊」と激賞している。

物語は、富山を中心に、東京、ニューヨーク、ボストンと目まぐるしく舞台が変わるが、長野はアメリカ人の読者に向けて、注意深く 舞台設定を考えている。



日本に出かけたこともないし、友人や知人もいないという多くのアメリカ人の読者を、美しい立山連峰や風光明媚な富山湾の描写で引きつけ、いまや世界中に広まる日本のSushi(鮨)の奥義や、氷見牛の美質、またホタルイカの身投げという世界でも富山以外に例がない幻想的で科学で解明できない現象も描写して、興味深い物語に仕上げている。

また、アメリカ人女性と日本人男性の恋愛を中心におきながらも、漁業の国際乱獲問題や富山県と石川県の歴史的な相反や不和など、社会的な視点からもアプローチされていて、これまで日本語で書いてきた過去の長野の作品にも通ずる硬派な一面も垣間見せている。

長野が敢えてゼロから英語で執筆した小説が、どのくらいアメリカの人たちに受け入れられるのか、とにかく画期的な試みなだけに、その行方は大いに気になる。

文=稲垣伸寿

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