この小説は凄い。本当に凄い。いくら賛辞を重ねても足りないくらい凄い。本書は三部作の第一作にあたるが、三部作のこれまでの累計発行部数は、2019年5月時点で、なんと中国語版だけでも2100万部に達するという。
英語圏でも2015年にヒューゴー賞の長編部門を受賞し(翻訳したのは日本でも人気のSF作家ケン・リュウ)、オバマ前大統領が、2017年にニューヨーク・タイムズ紙のインタビューで本書を絶賛したことで人気に拍車がかかった。フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグもハマったことを公言しているし、映画監督のジェームズ・キャメロンも映画化に興味を示しているという。世界の知識人が『三体』に魅了されているのだ。
この作品を読めば、とてつもなくスケールの大きい科学的妄想力に圧倒されるだろう。そして確信するはずだ。これからの世界の科学技術をリードするのは間違いなく、中国なのだと。
『三体』は、ひとことで言えば、ファースト・コンタクトものだ。
物語は文化大革命の嵐が吹き荒れていた1967年の中国から始まる。まず一人目の主人公が、天体物理学者の葉文潔(イエ・ウェンジェ)だ。
彼女は物理学者だった父親を革命の狂気に取り憑かれた群衆によって惨殺されてしまう。その後当局の監視下で長きにわたり不自由な生活を強いられ、人類に絶望した彼女は、ある現象に遭遇したのをきっかけに、宇宙に向けて秘密裏にメッセージを発信する。そしてこの孤独なエリート科学者が発したメッセージを宇宙の彼方で受信しているものたちがいた。それが惑星「三体」の異星人だったのである。
時代は現代に飛ぶ。二人目の主人公は、汪淼(ワン・ミャオ)である。
汪はナノマテリアルの専門家だ。ある時から彼のまわりで不可解な出来事が相次いで起きる。優秀な物理学者たちが次々と自殺していくのだ。その中のひとりは「すべての証拠が示す結論はひとつ。これまでも、これからも。物理学は存在しない」という謎の言葉を遺していた。
物理学者たちは何に絶望したのか。また何を根拠に「物理学の死」を宣言したのか。汪淼の調査がはじまる。だがある人物はなぜか汪にナノマテリアルの研究を止めるように忠告する。何者かが彼の研究を恐れているようなのだ。宇宙の専門家ではない汪淼の研究がなぜターゲットにされるのか。やがて異星文明が持つテクノロジーに汪淼の研究が深く関係していることが見えてくる……。
残念だがストーリーはこれ以上紹介できない。その代わりに本書で想像力を刺激された箇所をいくつかあげておこう。