就職活動ってどんな意味があるのだろう? 自分が本当にやりたいこととは

写真=Atsuko Sakai -Hikari Green-


レジャーランド化する大学

当時上記のような言葉が流行っていたが、私自身は勉強が大好きな大学生だった。私の採った授業ノートが大教室で出回ったことがあるくらい、熱心に勉強していたと思う。

しかし、そういう状況の中にいるうちに「要領よく表面だけこなして単位を取って、当たり障りない人間関係でワイワイやって、結局何をしたいんだろう」という空しさを感じた瞬間があった。

実際に私は、途中から勉強漬けの生活をやめた。コスプレ仲間が語った「人生で一番時間があるのは大学生だから、借金してでも時間を有効に使ったほうが良い」という言葉を胸に、海外ボランティアやバックパッカーに行ったり、コスプレやアルバイトをしたり、出来る限りの活動をした。

しかし、そういう経験を通して出会った人生の先輩たちの中にも「周りや親が言う“すごい”を目指してやってきたけど、これでよかったのか分からない」と悩む人がいて、なおさら社会に出る意味を考えてしまった。

私は大学の頃から「社会人になったら海外に出て起業し、一から何かを作りたい」と思っていたが「ちゃんとした大学に入ったのだから、そんなことせず、日本の良い会社に入るべきでは」とアドバイスされることが圧倒的に多かった。

結局自分の意思を貫ききれなかった私は、外的環境を言い訳にし、「日本の会社に入って3年間そこで修行してから海外に出よう」と考え、やりたくない日本での就活を始めた。

このような感じで、マニュアルと偏差値の世界に猜疑心を持ちながら就活をした私は、当たり前ながらことごとく会社の面接に落ちた。

はたから見ると、完全なる負け組だったと思う。

しかし、どんな仕事であれ、就いた仕事では仮に3年で辞めても結果を残そう、その業界のトップになろうと考え、当時は人一倍勉強し働いた。その結果、ファンドマネジャーになり、外資系、内資系の企業で合わせて10年勤め、NY勤務も経験し、今は海外を相手にして好きなことをして独立している。

結局、大学の頃に「海外で一から起業したい」と言った通りになったのだ。

当時は、皆と同じように考えられない自分が情けなく、 劣等感や孤独感すら感じていた。しかし、社会に出て10年経ち、当時の私に対して思うのは「他の人と違う疑問を持つ自分を、自分の中でもっと尊重してあげればよかった」ということだった。「学生で、まだ社会を分かっていないから」など言い訳を作っていたら、社会に出た後も、一生何かを言い訳にし続けた遠回りの人生になっていたと思う。

つい最近も「みんなと違うことがしたいけど、自分だけおかしいのではないか」という学生からの相談を受けた。みんなと違う考えを持った時に、それを心からやりたいと思い、その決断に責任を持つ。それこそまさに本当の意味で自分の人生ではないだろうか。

そして、それこそが自立した人間の行動ではないだろうか。

連載 : 金融女子コスプレイヤーから見た「世界」
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文=Atsuko Sakai -Hikari Green-

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