それは彼らがカタラン語を喋っていたからという言語上の理由ではなく、まちづくりというフィールドに対して、彼らが用いているツールや用語、手法などが僕がそれまで習ってきたもの、信じてきたものとは全く違ったからなのです。しかも彼らの意見は客観的なデータに基づき、非常に説得力がある様に思えました。
だから僕は先ほどセンサーを作ったと言ったんですけど、それと同時にビッグデータも取れてしまったのです。でも僕は建築家だったから、それをどう分析したらいいのかよく分からなかった。それで、「こういうデータ分析は誰がやってるんだ?」と思って調べたら、どうやら「コンピューターサイエンティスト」という職種の人がいるらしいと。どこにいるのかさらに調べたらバルセロナの地元の大学に優秀なサイエンティストたちがいたんです。
彼らに相談しに行くと、「そういうことなら、君が博士号をとればいい」と、予想外のことを言われて。「僕は建築家だけど、コンピュータサイエンス学部に入れてくれるのか」と聞いたら、「全く問題ない」と言うので、入れてもらいました。これも偶然です。
──バルセロナにコンピューターサイエンスを研究する環境があって、そのコンテクストに身を置いているうちにご自身も関心が向いて行ったっていうことですよね。ところで、コンピューターサイエンスというと「プログラミング」というイメージなんですが、吉村さんはもともとプログラミングなどをされていたのですか?
いえ、全く知りませんでした。ビックデータを扱うコンピュータサイエンスの方などは学部生の頃からプログラミングをされているかたが多いかと思うのですが、僕は建築家なのでコードがなんなのかすらも知らなくて。もちろん博士課程に入った時に同僚などにたくさんのことを教えてもらったり、色々とサポートしてもらったのですが、それでも自分でマスターしないといけないから博士号を取るのに5年も掛かってしまいました。いまでも僕が在籍しているMITのラボでは、同僚にプログラミングの部分ではとても助けてもらっています。
──その後、ルーヴル美術館と仕事をされています。
僕が作ったBluetoothセンサーを都市のなかや高速道路などに設置して、3, 4年ほど車の動きをトラッキングした後は、歩行者のビッグデータ解析をしようと思っていました。そんな時、たまたま知り合いを通じて、パリのルーヴル美術館がそういう取り組みに興味を持っていることを教えてもらい、関係者を紹介してもらいました。
彼らからは、「ルーヴルは観光客が来すぎて困っている。モナリザの前など、五重六重の人垣ができてしまって鑑賞どころの話ではない。どうにかならないだろうか?」と相談されました。「そういうことだったら、データを取るところから始めてみましょう」ということで始まったのが、今も続いているルーヴル美術館のプロジェクトです。2010年頃のことです。
Bluetoothセンサーをミロのビーナスやスフィンクスなど館内で最も人気のある作品の周りにつけて観光客の導線や滞在時間などに関するビッグデータを取りました。それでパターン抽出をして論文を書いたら、世界的にホットな話題となり、各国メディアが記事にし始めたのです。これが、僕のPh.Dの核となる論文になりました。
──話を聞いているだけで、何かめちゃくちゃ楽しそうですね。今は、ボストンのマサチューセッツ工科大学(MIT)とバルセロナを行き来する生活をされていますが、どんなプロジェクトをされているのですか?
はい、とても楽しいです。博物館関係では、ルーヴル美術館のプロジェクトに加えて、ナポリ国立考古学博物館なんかと共同研究をしています。また、スペインの諸都市における人々の購買行動や、消費という観点から見た時に都市がどう成り立っているのかをビッグデータを用いて解析したりもしています。小売店の立地とその売り上げが環境的な要因(街の中心性や道路ネットワークなど)によってどう変化するのかという研究はまだまだ始められたばかりです。
また、ネットから大量の建築家の作品画像を集めてきて、それをAI(ディープラーニング)に分析させることによって、「機械の眼」から見た時の建築家の作品の分類みたいな研究もしています。
建築家のデザインの分類は、建築史家や建築理論家と言われる人達が長い時間を掛けて行ってきました。それらは全て「人間の眼」から見た特徴に基づいて行われてきたと言えると思うのですが、AIの発達により、我々はいま「機械の眼」を手に入れました。僕の関心は、それら「人間の眼」で見た時の建築家のデザインの分類と、「機械の眼」で見た時のそれに、どんな類似点があり、どんな違いがあるのか、そこに非常に興味を持っています。
これを推し進めていくと、例えば特定の地域における建築デザインの特徴量の自動抽出みたいなことが可能になってきます。データはGoogle Street Viewなどから自動的に取得し、それを「機械の眼」に分析させてやる。そうすると、従来ならヒューマンパワー(人の足と眼)に頼らなければならなかった現地調査の様な仕事を自動化することが可能になるかもしれません。