しかし種類は普通でも圧倒的に違う、見た目や香り。炙ったり薬味を乗せたりはしないで、生姜醤油でいただきます。しっとりと舌に吸い付くような身が、カツオ独特の酸味が爽やかさを思わせる。なんておいしいんだろう。これが、“日戻り”の“ナワ”でとれた初ガツオです。
ぽかぽか陽気の春。月刊ヤングマガジンで連載していた「海めし物語」の取材に、千葉県勝浦市を訪れました。房総半島の南端よりも少し東に行ったところにあります。市内にある勝浦漁港は国内有数の近海の初ガツオ一本釣り漁業の水揚げ港。お目当てはもちろん、カツオです。
東京都内に住む私も、スーパーや飲食店で千葉県産のカツオを口にすることがあります。つまり普段食べている産地のカツオを取材に来たわけですが、はて、カツオは何が魅力で、いつがおいしいんだっけ……?
調べてみると、カツオがとれる時期には大きく分けて2つ。春は初ガツオ、秋は戻りガツオ。カツオは1年のうちに、南はフィリピンあたりから北は三陸あたりまで、行って帰ってくる。行きが初ガツオで、帰りが戻りガツオです。
日本で初カツオが採れるのは、2月ぐらいから。鹿児島、高知、和歌山、静岡、千葉、茨城、福島、宮城、岩手と上がっていって、戻りガツオは9月ぐらいから、その逆の順番で、産地が移動していきます。
一般に、初ガツオは脂が少なくさっぱりしていて、戻りガツオは脂が乗ってこってりしている。では、脂ののった戻りガツオの方が美味しいのかというと、それは好みの分かれるところ。初ガツオの方が好きという人も多くいます。
カツオと言えば、土佐、一本釣り、タタキという3つのワードと、「目には青葉 山ホトトギス 初ガツオ」という江戸中期の俳人・山口素堂の句。そんなことを考えながら、勝浦漁港の近く、根本和食亭さんの暖簾をくぐりました。
するとねじり鉢巻きの気さくなご主人は「“ヒモドリ”のカツオがあるよ!」と自信ありそうに言ったのです。
しかし私の用意していったワードに、その“ヒモドリ”という言葉はありません。紐取り? 火戻り? ご主人が何を言っているのかわからず、私が硬い笑顔で「はぁ」となっているのを察し、勝浦から小笠原諸島が大きく描かれた地図を見せてくれました。
「カツオは日本の沿岸にはあまり近寄らない。小笠原諸島あたりまで行くとたくさんとれるが、勝浦からは往復2日はかかる。つまり食べられるのは勝浦でも獲った日の翌日ってことだ。しかしここから比較的近い八丈島あたりなら、カツオの数は少ないが、釣ったその日のうちに戻ることができる。それを“日戻り”というんだ」