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シネマの女は最後に微笑む

松岡茉優(Photo by David Mareuil/Anadolu Agency/Getty Images)

「現実をそのまま生きる」ということは難しい。私たちは日々当たり前に現実を生きているようでいて、そこに無意識のうちに一定の補正フィルターをかけている。

あまりにも過酷な現実はあえて直視しないようにし、そこそこ厳しい現実は良い面をクローズアップし、捉えどころのない外界を好みの音楽で色づけし、ペットやアイドルなど「愛の対象」との妄想を描き、ファッションやヘアスタイルで自己の実像を底上げし、身の回りを好きなもので固めて「自分の世界」を作り上げる。

それは、先の見えにくい現実を少しでも前向きに生きるために、多くの人がやっていることだ。補正フィルターが古くなり役に立たなくなったら、別の補正フィルターに取り替える。私たちの周囲には、そんなフィルターがたくさんある。

しかし、それらがまったく役立たなくなる時がある。それは、他者と向き合い、関係を構築せねばならない時だ。「他者」とはここでは単に「他人」というより、自分にはにわかに理解できない固有性をもって、自分と同じように存在している者。それは時に「異物」と感じられることさえある。しかしそんな他者との関係を作っていくことで初めて、人は掛け値無しの自分自身にも出会うのだ。

ということで今回は、松岡茉優がイタいヒロインを巧みかつキュートに演じて話題となった、『勝手にふるえてろ』(大九明子監督、2017)を取り上げよう。原作は綿矢りさの同名の小説。自意識をこじらせ恋愛妄想に依存して生きる女性が、そのファンタジーを破壊され現実に向き合うまでを描いている。

一番好きな人が「イチ」、二番手は「ニ」

良香(松岡茉優)は会社で経理を担当する24歳。高校時代の同級生で数えるほどしか会話を交わしたことのないイチに、ずっと片思いを続けている。

テキパキと仕事をこなし同僚と軽口を叩き合い、ごく普通の日常生活を送る一方で、しょっちゅう頭の中でイチを「召喚」し、甘いアメ玉を味わうように何度も同じ思い出に耽る。

教室の隅で誰とも喋らず、イチを主人公にしたマンガを描いていた彼女は、地味で夢見がちな非コミュの少女だった。大人になって見かけは今風になっても、恋愛妄想に走る自分を正当化するメンタルはそのままだ。

ハイテンションで早口な彼女のモノローグに感じられるのは、何でも頭の中で喋り倒して自己完結してしまう人特有の「キモさ」。一人暮らしのアパートで絶滅した動物の情報を検索したり、購入したアンモナイトの化石を愛でたりするのも、一種の現実逃避だろう。むしろ良香自身が、絶滅危惧種の化石かもしれない。

同僚の来留美に誘われて参加した社内コンパで、リア充のノリについていけない良香に急接近してきた営業二課の男を、彼女は心の中で“二”と名付ける。一番好きな人がイチ、二番手なので二。

最初から押しまくるアプローチで、勝手に二人の写真を撮ってラインの交換をしようとし、初デートの待ち合わせに来るなり「一人にしてごめんな」などと寒い台詞を吐く二は、恋愛に前のめりな若い男のウザったさが満載。

ドラマ前半は、妄想を糧に生きる良香の脳内をそのまま映像化したシーンを挟みながら、彼女と二の滑稽なすれ違いが描かれる。

文=大野左紀子

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