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シネマの女は最後に微笑む

カンヌ国際映画祭で女優賞を受賞した、主演のダイアン・クルーガー(Photo by Pascal Le Segretain/Getty Images)

何かにつけて、「テロ対策」「テロへの備え」という言葉を耳にするようになった昨今。3日に行われた東京マラソンでも例年にない厳戒態勢が敷かれ、イスラエル製の柵まで導入されるというものものしさだった。2020年の東京五輪に向けて、ますますこうした警備が厳しくなっていくのだろう。

テロと聞くと私たち日本人は、オウム真理教の起こした地下鉄サリン事件や秋葉原無差別殺人事件などを思い浮かべる。欧米を中心に起きているイスラム過激派テロの「無差別殺人」という点だけを、国内の事件に当て嵌めているのだ。

イスラム・テロが起きていないのは、G7(先進7カ国)では日本とイタリアだけと言われる。しかし国内では欧米と同様に近年、排外主義が蔓延してきており、日本に居住する近隣アジア諸国の人々へのヘイトを堂々と叫ぶデモなどが行われている。憎しみが憎しみを呼ぶような事態を、私たちはどうやって回避したらいいのだろうか。

今回取り上げるのは、排外主義がドラマの背景である2017年ドイツ映画の話題作『女は二度決断する』(ファティ・アキン監督)。主演のダイアン・クルーガーが第70回カンヌ国際映画祭で女優賞を、作品はゴールデングローブ賞の最優秀外国映画賞を受賞している。

滲み出るイスラム系外国人への偏見

カティ(ダイアン・クルーガー)は、トルコ系移民の夫ヌーリ、6歳の息子ロッコとハンブルグに暮らす主婦。ヌーリはかつて麻薬売買で刑に服していたが、出所後は真面目に働き、外国人相手の小さなコンサル会社を経営している。

ある日、ヌーリの事務所にロッコを預け、親友のビルギットとスパに出かけて夕方戻ってくると、事務所周辺は規制線が張られただならぬ雰囲気。爆発事故があり、夫と息子が死亡したことをカティは知らされる。

ショックで茫然自失となっているカティに警察は、ヌーリの宗教や人種、政治活動の有無について問い、イスラム系内部の抗争として処理しようとする。その中で、カティは昼間、事務所前に不審な自転車を停めた一人の女を思い出し、外国人を排斥しようとするネオナチによる犯罪だと、直感的に確信する。

しかし、打ちひしがれたカティが精神安定のために、ほんの微量の麻薬を吸引していたのを発見した警察に、ますますヌーリと犯罪組織との関連性を疑われてしまう。被害者側の「落ち度」にばかり着目しようとする警察の態度には、うっすらとイスラム系外国人への偏見が滲み出ているようだ。

事件以降、断続的に降り続く雨。重苦しい空気に閉ざされた薄暗い室内。亡き息子のベッドに伏して嗚咽し続けるヒロインの姿は、悲痛そのものである。

葬儀では義母に「あなたがロッコを見ていればこんなことには」と非難され、自分の母の口からはトルコ人である夫の悪口を聞かされるカティの、深まる絶望と孤独が画面から押し寄せてくる。堪え難い悲しみについに自死を選ぼうとするカティだが、犯人が捕まったとの弁護士ダニーロからの連絡に、裁判を闘う決意を固める。

ここからドラマは法廷劇となり、カティの直感通り、彼女の目撃した女とその夫メラーが容疑者として出廷するが、相手側の弁護士がさまざまな手で繰り出してくる撹乱作戦や、夫と息子についての凄惨極まる「被害状況」の報告など、カティにとっては惨い展開が続く。

文=大野左紀子

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