ベゾスと同じ「夢」を持っている日本人がいる。宝島社という創業48年目の出版社で働いている編集者、清水弘一だ。ただし、売り場はオンラインストアではなく町の本屋。清水はそこで美顔ローラー、ルーペメガネ、天体望遠鏡、ウクレレ、そして枕まで。文字通り「なんでも」売ってヒットを飛ばし続けてきた。まさに本屋における「リアルアマゾン」を目指す。ベゾスの戦場がオンラインならば、清水の戦場は本屋だ。
出版業界も低迷が続き、廃刊に追い込まれる雑誌も多い。そんな中、なぜ彼はあえてリアルな本屋にこだわるのか。そしてなぜ本屋で本以外を売ろうと思ったのか。その謎解きをしに、半蔵門のオフィスで働く彼に会いに行った。
伝えるだけでは、物足りなかった
清水はもともと音楽が好きで宝島社に入社した。音楽誌に携わりたかったのだという。「本当は自分自身がミュージシャンになっていい音楽を提供したかった。しかし、それが叶わなかった代わりに音楽を記事を通して届けられるメディア業界に入った。最終的にいいものが人に届いたらいい」と清水は語る。宝島社で働くことで、その動線に自分をおいた。
雑誌を通して情報発信していくうちに言葉で伝えるだけでは物足りなくなった。もっと早く消費者に「いいもの」を届けることはできないか。ならばいっそのこと、「いいもの」を作ってしまえばいいのではないか。実際に知ってもらうだけではなくて使ってもらうためには商品をそのまま作ってしまったほうが早いと気づいた。
「僕がいい音楽を作ることができれば記事を作らなくてもよかった。それと同じです」と話す清水は今、雑誌ではなく商品の開発に力を入れている。いいものを届けるメディアが本気で読者のことを考えた結果、付録をメインで売る仕組みが出来上がった。
「スッキリ美顔ローラー」は清水のアイデアで始まった
宝島社は付録雑誌のパイオニアだ。今では当たり前のようにポーチ、手鏡、トートバッグなどが入った分厚い雑誌が本屋で並べられているが、先陣を切ったのは宝島社。雑誌低迷が叫ばれるなか、戦略として積極的に人気ブランドとコラボした付録を武器にファッション誌を販売した。
付録を目当てに雑誌を購入する読者が増え、20代向けの『sweet』は100万部と異例の大ヒットを記録した。そこで付録をメインとした商品販売を手がける「マルチメディア局」が立ち上がった。清水は「マルチメディア局」立ち上げの時から編集長として携わっている。
「マルチメディア局」は宝島社の強みである全国に広がる書籍の流通網を使って、商品を届けていくのが狙いだ。まさに清水が目指す「リアルアマゾン」を実現する局だ。現在全部で7部署あり、出版不況の時代に大きな成果を出している。特に清水が手がけた商品で一番ヒットしたのは、「スッキリ美顔ローラー」だ。
「スッキリ美顔ローラー」は260万個の大ヒット作。発案者は清水だった。人間観察を企画のヒントにしている清水は、奥田英朗作の小説『ガール』からアイデアの着想を得た。
『ガール』に出てくる女性が何歳になっても美しさを求めることに驚いた。自分だったら年齢が上がっても若い時ほど見た目は気にしなくなるのに女性は違うんだ、と気づいた。試しに自分の母親にもいつまでも綺麗にみられたいか聞いてみると、「メイクだけで綺麗になるのではなく、ハリのある肌になりたい」と返ってきた。
女性たちの果てなき願望に応えた商品を作ることはできないか。早速専門家にヒアリングしながら開発を進めた。ファッション誌の女性編集部員にも協力を得ながら、最終的に片手でマッサージが可能な美顔ローラーに辿り着いた。