17年5月、ESW傘下の企業オーリアのスコット・ブライトンCEOが、オレゴン州ポートランドのソフトウェア・ベンダー、ジャイブ・ソフトウェアのオフィスに足を踏み入れた。ESWがジャイブを4億6200万ドルで買収し、オーリアに吸収させることが決まったすぐあとのことだ。ブライトンはジャイブの経営陣に対するメッセージを携えていた。
「彼らはコストを最大限に切り詰めると明言した。目指すは1年以内にエンジニア全員をグローバルなレートで働かせることだとも言っていた。つまりバングラデシュやエジプト並みのレートでということだ」と、ジャイブの従業員の1人であり、エンジニアリング担当の副社長でもあったシド・ボスは言う。
18年秋に、ESWはポートランドにあるジャイブの主力オフィスを閉鎖した。250人いた従業員は勧奨退職やレイオフ、自主退職を取り交ぜて、ほぼ全員が会社を去った。残った10人足らずの従業員は、在宅勤務の契約労働者となった。
「ほぼ全員が外国人の契約労働者だ」と、13年にESWに買収されたイグナイト・テクノロジーズ(ダラス)のジム・ジャニッキ元CEOは言う。「幾人かは残ったが、大半は退職させられた。残った者も契約労働者に雇用形態を変えられた」。
米国外に住む多くの労働者にとって、クロスオーバーの賃金は夢のような金額だ。2年間の経験を持つソフトウェア・エンジニアは時給15ドル、「ソフトウェア・アーキテクト」と呼ばれる5年間の経験者は時給30ドルを稼ぐ。
「チーフ・ソフトウェア・アーキテクト」と呼ばれる8年間の経験者の場合、時給ベースなら50ドル、年収ベース(週40時間労働)なら10万ドルだ。これはたとえばグーグルの新卒プログラマー(ペイスケール社の調べによれば年収約13万ドル)と肩を並べる。
ESWの契約労働者には有給休暇も健康保険もボーナスもない。パソコンすら会社から支給されず、自前のものを使っている。税の申告や支払いのような面倒な作業も、自ら地元で行わなければならない。クロスオーバーの管理職は新規採用者の能力や適性を判定する。新人はしばしば新兵キャンプさながらに、標準的な仕事の進め方をオンラインで何日もかけて学ぶことになる。
クロスオーバーからクラウド賃金で雇われている労働者のすべてが満足しているわけではない。
ブラジルに住むアラン・ジョネスはクロスオーバーのチーフ・アーキテクトとして、在宅で1年間働いた。時給50ドルを稼ぎ、有用な経験も積めたが、それも彼のグループがオーリアの仕事をし始めるまでだった。
それまでは使用を求められなかったワークスマートのウェブカメラを、オンにしなければならなくなったのだ。「時々妻と一緒にいることもあったから鬱陶しかったよ。何しろ全員が在宅で働いているわけだからね」と、ジョネスは言う。
だが彼を本当に悩ませたのは、オーリアが作業の複雑さを考慮に入れない制限時間を設けた上で、もっとしっかり働いて生産性の判定基準を満たすようにと要求してくることだった。「40時間以内どころか、50〜60時間かけたって判定基準を満たすことは不可能だった」と、ジョネスは言う。
クロスオーバーなどESW傘下の12の企業のCEOを務めるアンディ・トライバは、自社の戦術にまったく良心の呵責を覚えていない。生産性トラッキング・ツールのワークスマートに関しても、「各人の仕事ぶりを測るフィットビット(ウェアラブル端末)」のようなものだと形容する。
不満を抱く従業員にトリロジーでの未来はない。新興国にはスキルを備えた働き手が無尽蔵にいるようだ。それはESW傘下の75社と、その顧客にとっては朗報だろう。しかしソフトウェア・プログラマーの賃金は深刻な逆風にさらされかねない。テック業界の住人たちよ、注視せよ。
ジョー・リーマンツ◎1990年代には突出したソフトウェア企業であったトリロジー・ソフトウェアの創業者で、ソフトウェア企業に投資するESWキャピタルの創業者。しばらく影を潜めていたが、2018年長者リストに復帰した。現在の資産は30億ドル(約3300億円)。