ビジネス

2019.02.23

米国テック界から20年前に消えたビリオネアの「妖しい復活」

イラストレーション=ピエールルイージ・ロンゴ

かつての米国億万長者番付最年少メンバーが人知れずリストに復帰している。「ソフトウェアのブラック企業」という以前よりも後ろ暗いビジネスモデルをひっさげて。


20年前、ジョー・リーマンツはIT業界の花形だった。ウォール街は毎日のように急騰するIT株に熱狂し、ビル・ゲイツやマーク・アンドリーセン、そして若き日のリーマンツのような影響力のあるコンピュータ・プログラマーは、新たな宇宙の支配者だった。

ビル・ゲイツなどと同様、リーマンツも大学(スタンフォード)を中退してトリロジー社を設立し、財を築いた。1996年に27歳でフォーブス米国版の表紙を飾ると、その数カ月後には叩き上げの経営者としては最年少で米国長者番付「フォーブス400」にランクインを果たした(純資産5億ドル)。

トリロジー・デベロップメント・グループは当初、ヒューレット・パッカードやボーイングなどの企業向けに製品構成や営業管理用のソフトウェアを販売した(それらの企業が取り扱うコンピュータや航空機の種別の多さを想像してほしい)。

90年代後半には若いプログラマーに大人気の就職先になった。男性ホルモンみなぎる職場環境や、長時間労働、スポーツカー、ギャンブル、セックス、アルコールに彩られた社風は、男子学生クラブのようなシリコンバレーの企業の典型だった。同社のプログラマーたちはロックスターのような報酬を受け取り、ロックスターのようなパーティをしたものだ。

トリロジーのリクルート活動は伝説的だった。オースティンのホテルやバーでワイルドなパーティが催され、選考の補助員として美女たちが雇われた。リーマンツは採用者に気前よく契約金を払ったり、ポルシェやBMWを与えたりすることで有名だった。

時には気紛れにラスベガスなどへの社員旅行が行われることもあった。そんな時にはリーマンツがルクソール・ホテルのスイートルームを何室も押さえ、終業後にチャーター機で社員を運んだものだった。

IT業界の男性優位の企業文化に焦点を当てた2018年のベストセラー『Brotopia : Breaking Up the Boy’s Club of Silicon Valley』(未邦訳、エミリー・チャン著)によれば、トリロジーの制定した「ブラザーのおきて」がシリコンバレー全体に広まり、そのおかげで女性にとって働きにくい環境がつくられてしまったのだという。

リーマンツのやり方は──女性蔑視的ではあったが──成功を収めた。マイクロソフトのスティーブ・バルマーはかつて、トップクラスのプログラマーを雇うことに関して言えば、トリロジーはオラクルと同列の脅威だと語ったことがある。

ただ、マイクロソフトとは違って、トリロジーは継続的な技術革新や新製品、ブランドマーケティングなどを成功の基礎にしたわけではなかった。リーマンツの非凡さは、かつては手作業で行われていた製品構成の管理業務を、複雑なソフトウェアで置き換えた点にあった。

たとえばヒューレット・パッカードは、多様なビデオカードやプリンターを組み込んだコンピュータ・システムを販売していた。そのためには異なる仕様や追加的なケーブルが必要となり、従ってパッケージの価格が変わる可能性がある。リーマンツの開発したソフトウェアは数千通りもの組み合わせを数分で処理することができ、経費の無駄や手痛いミスを防げた。

しかし、バブル崩壊でトリロジーは視界から完全に消え、他のドットコム長者と同様、リーマンツも01年に「フォーブス400」の圏外に去った。彼はメディアの取材を受けなくなり、トリロジーの業務に必要な労働力は外注でまかなうようになった。上場していた傘下企業の株式も非公開に変えている。

ほとんどの人々はリーマンツが燃え尽きたものと決め込んだ。だがそれは事実とはほど遠かった。

米国内のソフトウェア・ベンダーを次々と買収

テキサス州オースティンを象徴するオフィスビル、フロスト・バンク・タワーの26階で、ほとんど無名の人材会社「クロスオーバー」が世界中からソフトウェア技術者を集めている。週に40〜50時間働ける者なら彼らは人を選ばないが、フルタイムで雇うつもりはまったくない。クロスオーバーが求めるのは、自宅や近所のカフェでせっせと働いてくれる契約労働者なのだ。

「世界最高の人材は自分の郵便番号の区域内にはいない」と、クロスオーバーのアンディ・トライバ最高経営責任者(CEO)は、ユーチューブに投稿されたプロモーション用の動画の中で話す。それは同時に──トライバの強調するところによれば──米国と同水準の賃金を払う必要はないということだ。

トライバはインテルの営業部門で14年間働いた後、オバマ政権下の雇用・競争力に関する諮問委員会で顧問を務め、14年以降はリーマンツの右腕となった。

トリロジーが現在プログラミングしているのは、主として旧バージョンの給与計算や在庫管理用ソフトウェアのアップデート版だ。マセラティを設計するなら一流デザイナーを雇うだろうが、オイル交換なら整備工で十分だろう。

実際のところ、ESWキャピタル(リーマンがオースティンに設立したプライベート・エクイティ会社)の一部門となった現在のトリロジーが手がけるのは、もっぱら“オイル交換”だ。

トライバによれば、たとえばC++という言語を使うプログラマーのクラウド賃金は、現在時給15ドルだという。これはアマゾンが倉庫の作業員に支払っている時給とそう変わらない。事実上ESWのリクルート部門であるクロスオーバーは、ウクライナ、パキスタン、エジプトをはじめとする131カ国に5000人の労働者を抱えている。ESWはこの12年間に、主として米国内のソフトウェア・ベンダー約75社をひっそりと買収してきた。そして毎週150件ほどのIT業務を国外に発注している。
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文=ネイサン・ヴァルディ 翻訳=町田敦夫

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