超軽量素材バイオファイバーでつくられた「植物のように種から成長するクルマ」がコンセプトのメルセデス・ベンツの未来カー「バイオーム」の実物大モデル、3Dプリンターで作られたナイロン製ドレス、金属製の頭蓋骨インプラント、中国の超高層ビルの模型。
サンフランシスコのオートデスク本社でCEOのアンドリュー・アナグノストに会うためには、まず同社の代表作を集めた博物館のような空間を通ることになる。その上階にある一室が52歳のアナグノストの仕事場だ。ふたつのスローガンが、訪問者の目に入るように掲げられている。「直情径行を美徳と思うな」、もうひとつは「ポジティブさは人に伝わる」という彼の妻からの言葉だ。
CADソフトウェアの分野で36年の歴史を有する同社のCEOにアナグノストが就任したのは2017年6月、経営陣とアクティビスト投資家(物言う株主)との長い闘いと、前任者の辞任の果てのことだ。オートデスクは新たな成長分野を数年来探し続け、スタートアップ企業を買収し、長期的リサーチに資金を投入してきた。そんななか新たに社長兼CEOとなったアナグノストに託されたミッションは単純明快なものであった。
勝ち組となるべき分野を見つけ出すこと──言ってしまえば、それだけのことだ。そのアナグノストが重点分野と見定めたのが、建設業者間取引のソフトウェアだ。請負業者の段取りの不手際や、水害、施工上のヒューマンエラーといった要素が大きな損失の原因となることから、建設業向けソフトウェアの世界市場は2020年までに100億ドルの大台に乗るという予測もある。この選択と集中は、ベンチャー各社との提携解消と、1200名の人員整理をもたらした。
「痛みを伴う改革だったか? 間違いなく、その通りだ。しかし、設計と制作を一貫して手がける企業になったことで、勝利の方程式ができあがった」とアナグノストは語る。ウォールストリートの評価に照らせば、彼の選択は正しかった。オートデスクの株価は過去3年間で3倍近くになり、時価総額は、売上高の13倍にもなっている。2016年から赤字経営が続いている企業に対しては、大層な高評価だ。
アナグノストは、ロサンゼルス北部のサンフェルナンド・バレーで宇宙工学やSFに熱中して育った。高校をドロップアウトするも、その後カリフォルニア州立大学で機械工学の学位を取得し、さらにはスタンフォード大学で博士号を手にした。
1997年に製品マネジャーとしてオートデスクに入社。そのころ同社は右肩上がりの成功途上にあった。AutoCADソフトウェアが高層ビルから自動車部品に至るまでのあらゆる設計で、建築家や技術者に愛用されていたのだ。それから20年後の現在もAutoCADとその関連製品はオートデスクの売り上げの80%を占めている。