そうした人に向けては、例えば朝稽古の見学や、市井の剣士の稽古風景を見ることに加え、その競技に関する多言語での解説があると「見たい」ニーズを満たせるのではないだろうか。
剣道に関していえば、道場に入る際は一礼する、竹刀を置くときは音を立ててはいけないなど、外国人からすると所作に制約が多く、プレイヤーにも見学者にも多くを強いる競技だ。自国では体験できない非日常だと言える。その所作の背景や価値観、精神性を解説することは、とても価値あるコンテンツに違いない。
多言語対応とWifi環境の整備
この武道ツーリズムを成功に導くために欠かせないことの一つが、多言語対応だ。訪日外国人の割合を見ると中国・韓国・台湾などのアジアが中心であるが、最低限、世界共通語とされる英語の対応はすべきである。
また、「見たい」気持ちとセットになるのが「撮りたい」という欲求ではないだろうか。さらには撮った動画や写真をすぐにSNSにアップしたいという需要も必ずあるはずだ。
しかし、日本はフリーWiFiの環境が限られている。東京都内であれば、空港、コンビニ、メトロや飲食店などがメインで、体育館や道場ではWiFiへの接続は難しいかもしれない。そこを一歩踏み込み、外国人観光客を受け入れる際に無料WiFiを整備しておけば満足度はかなりアップするはずだ。
観光都市アムステルダムは交通機関・公共機関・飲食店など様々な場所のWiFiが整備されている(写真:著者撮影)
発信が生む“再発見”
観光資源として大きな可能性がある武道ツーリズムでは、経済的な効果だけではなく、外国人との交流を通じて、団体や道場の国際化も図れる。うまく機能すればそららに所属する子供の教育にも、プラスの効果が期待できるだろう。
また、私たちが普段何気なく使っている言葉を外国語で説明することで、その言葉や概念について考えるきっかけにもなる。例えば、剣道でよく使われる「捨て身」。剣道では、打たれることを恐れずに全てを懸けて打ち込むことを「捨て身」と表現する。これを英訳する機会があり、カナダの元剣道代表選手に聞いたところ「commit to the strike」と教えてもらった。commitというと、日本でもよく「結果にコミットする」などで使われるが、この場合は「全てを捧げる」という意味だそうだ。
武道は、その修練の過程で己と向き合い、心身を高めることを美徳としている。戦闘技術が精神修養やアートに昇華した、世界でも稀有な文化だそうだ。その稀有な文化を海外に改めて発信し、他国の言葉で説明することによって、先人たちが伝えてきた精神性を私たち自身が再発見するきっかけにもなるのではないだろうか。