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2018.12.25 16:00

優れたデザインは「不自由への共感」から生まれる

ジョン・マエダ

MIT、RISDとアメリカの名門大学で教授、学長を歴任してきたジョン・マエダ。突如、シリコンバレーへ移って周囲を驚かせた彼が、いま考えていることとは。


別の世界を知っていることは素晴らしい―。世界的なデザイナーとの会話はいささか奇妙なかたちで始まった。筆者が海外で暮らしていたことを知ってそう言うのである。

「確かに、海外では『君はここの人間ではない』と言われ、日本では『君は海外で育ったから』と言われることもあるでしょう。その代わり、2通りのものの見方ができるようになる。これは“素晴らしい呪い”で、そうした人は稀少性が高い『ミュータント(突然変異体)』ですよ」
 
グラフィック・デザイナー、ジョン・マエダ(52)。果たしてそう呼ぶべきか戸惑うほど、彼には多くの肩書きがある。日系移民で豆腐店を営む両親のもと、米西海岸のシアトルで生まれ育った彼は理系の最高峰、マサチューセッツ工科大学(MIT)へ進学。そこで電気工学とコンピュータサイエンスを専攻すると、90年代半ばまで筑波大学大学院の博士課程でデザインとアートを学んで過ごした。

MITへ戻り教授職に就いたのちは、美大の名門ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン(RISD)学長を経てシリコンバレーへ。eBayのCEO顧問、ベンチャー投資会社クライナー・パーキンス・コーフィールド・アンド・バイヤーズ(KPCB)のデザイン・パートナーに転職し、現在は「WordPress」で知られる、ブログソフトウェア開発企業オートマティックに属している。

アカデミア→大手IT企業→投資会社→レイトステージスタートアップと、ジェットコースターのように目まぐるしく業界を移り変わってきた。


2008年にロードアイランド・スクール・オブ・デザインの学長に就任。金融危機の真っ只中、STEM教育にArt(芸術)を加えた「STEAM教育」を提唱するなど、同校と学術界の改革に取り組んだ。

経歴もさることながら、人としても掴みどころがない。驚くほど腰が低いのだが、それは謙虚というよりも過去や肩書きに興味がないのでは、と思わせるほどである。実際、マエダの代名詞とも呼べる「シンプリシティ(複雑化する現代社会にあってシンプルさにこそ価値があるという概念)」に触れると、少し遠くを見るような目で「ずいぶんと昔のことだね」とつぶやいたのだ。
 
MITや筑波大に在籍していた頃から、彼は常に時代の先を行っていた。まだ家庭にパソコンが普及していない時代に、コンピュータとアートの融合を試み、「いずれはほとんどのデザイナーが、コンピュテーショナル・デザイナーになる」と予見している。

ひとり先端を走っていたため、90年代にある芸術家から「あなたの作品はあまりにも……虚しいですね」と言われたほどである。しかし、そんなことを言う人はもういない。時代がマエダに追いついたのだ。

デザインの問題は他人事ではない
 
では、進化を止めないマエダがいま興味をもっていることとはいったい何か?それは、壊れているテクノロジーとデザインのあり方を直すことだ。マエダは、テクノロジーとデザイン、それを使うユーザーとの間に深刻な「ミスマッチ(不釣り合いな組み合わせ)」が生じている、と考えている。

「シリコンバレーで働いていたとき、テクノロジーが『高等教育を受けられる経済的余裕のある家庭で育った白人男性』によってつくられていることに気づきました。しかし、実際のユーザーは立場や環境がまったく異なります。そこにミスマッチがあるのです」
 
iPhone、グーグル、フェイスブック、ツイッター、インスタグラム……。年齢、性別を超えて多くの人が使っているであろう、こうしたプロダクトやサービスの創業者全員がそのプロフィールに当てはまる。テクノロジーだけではない。トイレ、ゲーム機器、服、薬、公園、ありとあらゆるものが企業と制作者の世界観でつくられているため、利用者との間で不幸な齟齬が生まれているのだ。

「もし、自分がその商品のデザインに相手にされていないと感じたら、人はどう思うだろうか?」
 
マイクロソフトで「インクルーシブ・プロダクト・イノベーション」プログラムを指揮し、現在はグーグルで働くデザイナーのキャット・ホームズは、自著『ミスマッチ(Mismatch: How Inclusion Shapes Design)』(未邦訳)のなかでそう問いかけている。

良くも悪くもデザインには、作り手の立場や置かれた環境、考え方が反映される。だが、それは同時にデザインが相手にする人と、そして「仲間外れ」にする人を決めているのだ。
 
特に、テクノロジーの場合は深刻である。スマートフォンやパソコンは誰もが使っているはずだ。だが、病気やケガで手や指が使えない場合、目や耳が不自由な場合、色覚異常の場合はどうか。人はいずれ老いる。何かしらの面で不自由になることは避けられない。これは一部の人にとっての問題ではない。すべての人にとっての問題なのである。
 
しかも、テクノロジー業界の場合は「ムーアの法則」がある。IT大手インテルの共同創業者ゴードン・ムーアが提唱した「半導体の集積率は18カ月で2倍になる」という半導体業界の経験則が、技術の進化と同時に、さまざまな面での格差の広がりを加速させかねない―。そう危惧するマエダは、「ミスマッチ」を解消するためのヒントを立場や環境を変えることで探しているのだ。
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文=井関庸介 写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN 世界を変えるデザイナー39」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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