経済成長著しい昭和の時代、企業の経営陣が、主観によって異なる人間の「幸せ」を、世間にどうやって提供するか議論していたとしたら、それはSF小説か、狂気じみた話にしか思えなかっただろう。なぜなら、当時はそんなことを考える必要がなかったからだ。
日立製作所のCEO東原敏昭も、「日立は、1910年に銅の鉱山で使う5馬力のモーターをつくるところから始まって、100年以上もの間、ずっとプロダクトアウトの会社でした」と言う。
冷蔵庫や新幹線、エレベーターから医療機器やITサービスまで、つくり手がよいと思うプロダクトやサービスを提供することが、消費者に幸福をもたらすと信じていた。その日立が、成熟社会で新たな転換を試みようとしている。
人間の活性度と「幸福感」
社員から「ヒガさん」と呼ばれる東原は、今年9月、未来の成長戦略を考える未来投資本部で「ハピネスプロジェクト」なるものをスタートさせた。リーダーは、4年前に著書『データの見えざる手 ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則』で「ハピネスを測る」として話題となった、日立中央研究所の矢野和男だ。
東原はプロダクトアウトから社会課題の解決をはかるマーケットインに事業の軸足を変えようとした際、大きな疑問に直面したという。それが「ハピネスプロジェクト」につながる。
「この10年くらい、日立は社会イノベーション事業という言葉を使ってきました。社会インフラとイノベーションをかけ合わせた言葉です。社会課題やお客様の課題を、デジタル技術で解決していくことです」
日本政府が打ち出す未来のビジョン「ソサエティ5.0」における健康年齢の延伸、次世代のサプライチェーン、快適なインフラ・まちづくり、自動運転などの移動革命、フィンテックの5つの戦略分野を、日立がリードしていく考えだ。
だが、「方向性は決まったものの、それが人々の幸せにどうつながるのか。人によって幸せは異なり、幸せとは何かを常に問いかけていくべきだと思ったのです」と、東原は言う。
SNSやデジタルが嫌いな世代や価値観があるように、便利さが多様な価値観の幸せをすべて満たすわけではない。それを9月から始まったハピネスプロジェクトで追求していこうというのだ。
「“人間の活性度”がどこから生まれるのかが、幸せと関連してくるのだと思います」と、東原は言う。心理学の研究では、人間関係、お金、健康といった「環境要因」を向上させることで、人々は幸福になれると信じている。
しかし、人間は短期間で環境の変化に慣れてしまい、幸福感への効果は実は小さい。大事なのは環境の変化という「結果」ではなく、積極的に行動を起こしたかどうかで、人間は幸福感を得るという。
「600人の営業部隊で、組織の活性化をチェックしました。大事なのは2つ。まず、To be(進むべき道)とAs is(現状の分析と、何をすべきか)です。失敗しても、方向が決まっていると、生き生きとしていますよね。
もう一つは、To beとAs isがどの段階まで成長したかを理解しながら進めること。これがわかっていると、もっと活性化します。こうした測定をするセンサーの開発をしたので、どういうときが幸福なのか、わかるようになったのです」