金銭的に余裕のない活動初期に、処女作を知人に10万円で譲ったとする。そこから貴方は創作を続け、晩年には名のある作家として認められるように。
ただ、人は老いる。創作への熱量と体力を維持するのは至難の業だ。一方で貴方の作品は価値が上がり続け、気づけば処女作はコレクター、キュレーターを介し、その価値は1億円まで上がっている。
しかし、作家には一銭も入らない。9990万円の中から、還元されるのは“0円”だ。そんな、歪な構造を持ち、ブラックボックスとも言われるアート市場に光を当て、同時に作家の未来をも照らそうと、ある上場企業とスタートアップが手を組んだ。
異色のタッグで始まった、アート×ブロックチェーンの新規事業
そのスタートアップが、現代美術家の施井泰平が代表を務める、東大発のスタートバーン。2018年7月5日に1億円を資金調達した情報をリリースし、話題となった。
5日の11時に某媒体で出たリリースを目にし、すぐにコンタクトをとったのは丹青社の吉田清一郎と石上賢。創業70年超の東証一部上場で、商業・文化・パブリックをはじめさまざまな空間づくりをおこなう会社の中で、文化空間事業に携わる2人だ。
まず、ここで最初の疑問が生じる。「なぜ、空間づくりをおこなう会社がアートなのか。ブロックチェーンなのか」。事業開発統括部長の吉田氏はこう述べた。
吉田:文化施設や商業施設づくりのお手伝いをする際、作家とコラボレーションすることがあります。その中で伝統工芸の作家と接する機会もあるのですが、非常に厳しい現状を抱えている声も直接聞いていました。
伝統工芸を例に挙げると、最盛期の1979年は28.8万人もの従業者がいたのですが、2015年には6.5万人にまで減少しているなど、工芸に携わる次世代⼈材の育成や活動基盤の確⽴が喫緊の課題のひとつです。
石上:問屋制度が機能していたころ、デパートが購買チャネルの全てだったころは、作れば、どこかで誰かが売ってくれていた。ただ、バブルの崩壊、グローバル化など劇的に時代が変化し続けたことによって、作家、職人にも販売やマーケティングの能力が必要になったわけですが、今まで作品づくりに集中していた職人に、いきなり「やれ」という方が無茶です。
だったら、我々がそのマーケット機能、販売機能を代わりに担い、⽇本および世界においてアート・⼯芸作品の価値をより⾼め、作品の販売・流通経路をつくりたいと思っていたのです。その時に施井さんの会社のリリースを見て、「これだ!」と。
出会ってしまった2人。画家の息子と元現代美術家のCEO
左から、丹青社:石上賢氏、吉田清一郎氏、スタートバーン:施井CEO
そして数日後に丹青社のメンバーはスタートバーンを訪ねる。その時の印象的なエピソードについて、事業のプロデューサーである石上賢はこう振りかえってくれた。
石上:アポを依頼した立場でしたが、施井さんが「会社の利益」だけをみて事業を運営しているのではないか、と懸念していました。僕の父は売れない画家だったから画家、作家の現状について肌で感じていて。僕自身、父のプロデュースの一環として、経済基盤を確立するために、国内だけではなくNYやベネチアのギャラリーに飛び込み営業もしていましたし。
でも杞憂に終わりました。施井さんは現役のアーティスト。お互いがもつビジョンが見事に重なったんです。それは、「アートの民主化」を実現したいということと、アートと歴史の捉え方です。活版印刷が生まれ、本が生まれ、本が流通した結果、古代ローマやギリシャ時代の思想が復興し、ルネサンスの誕生に繋がったなど、テクノロジーとアートはリンクしている。この事業も新しい技術であるブロックチェーンを使うことで、新たなルネサンス・「アートの民主化」を生み出したい、といった壮大な話で盛り上がりましたね。