AI診断システムの開発秘話 成功の陰に日本の技術あり

トプコン取締役兼常務執行役員、R&D本部長 福間康文


アブラモフは、NW400の原型となった、トプコンの3D OCT-1 Maestroを見た時のことをよく覚えていた。

「初めて、操作用レバーがないカメラを見つけました。私が探していたのは、高校卒業程度の一般的なスタッフが、4時間のトレーニングでAI診断に使える画像を撮影できる機械。市場にあるカメラはほとんど全部試して、何年間もかけてようやく見つけました」。
 
このNW400は上位の高機能機種ではなく、アブラモフのようなトップリサーチャーの専門家も主なターゲットではない。それこそがNW400が世界初の自立型AI診断のパートナーとなった理由だった。

「誰でも簡単に撮影できる眼底カメラ」のアイデアは、10年に始まった。
 
トプコンは創業86年。光学や測量の技術を生かした精密機械類の製造開発で事業を展開。17年度末の連結で従業員約4700人、海外で8割近くを売り上げる、知られざるグローバル企業だ。
 
いまから8年前、ニュージャージー州にあるトプコンのアイケア関連の開発拠点から東京都板橋区の本社に戻ってきた福間康文(現:取締役兼常務執行役員R&D本部長)は、次のアイケア事業を担う眼科診断装置について思いを巡らせていた。
 
アメリカで眼鏡店の市場が成長するのを見た福間は「眼鏡店や健診で、誰もが簡単に撮影できるフルオートの眼底カメラが必要だ」と考えた。
 
眼底カメラは、網膜や視神経などの眼底の状態を撮影する検査機器。網膜は人体で唯一、外から生体の血管を直接観察できる器官だ。これを見れば動脈硬化や高血圧、糖尿病など血管に変化が表れる全身疾患の兆候がわかる。
 
1980年代からは、特殊な目薬なしで撮影できる無散瞳眼底カメラが普及し、健診や内科の診療所でも導入されるようになった。しかし、撮影技術には熟練が必要だった。
 
眼底はわずか3〜4mmの瞳孔を通じて撮影される。経験のある技師は、操作レバーを操り、動く瞳孔を追いかけながら、網膜にピントを合わせ、光を的確に当てて鮮明な写真を撮るが、初心者が撮るとぼやけてしまう。
 
福間のアイデアを聞いた、当時の技術課長、岡田浩昭(現:製品開発本部アイケア開発部長)も、「撮影が難しい」というユーザーからの声は気になっていた。ワンタッチで撮影できるようになれば、現在の眼科医以外にもマーケットは広まるはずだと考えた。

社内の営業サイドからは「こんなのは絶対売れない」という声も聞こえた。
 
トプコンの眼底カメラ分野での強みはOCT(光干渉断層計)という最先端技術を持っていることだ。長年海外勢が優勢だったOCTで、高度化・高速化した世界初の新方式を採用し、06年に発売。高機能・高付加価値をつけることで同分野の先導的な地位を築いた。高価な眼底カメラ付きOCTの購入先は大学病院や研究施設がほとんど。一般の眼鏡店や健診で使われると想定されていなかった。

「『誰でも簡単に撮影できる眼底カメラ』はまだ市場がなかったのですが、間違いなく普及する兆候は来ていると思いました。トプコンにある製造ノウハウや販売網を使えば、いける、という読みがありました」(福間)。福間が陣頭に立ち、岡田が開発チームをまとめた。

付けまつ毛で測定できない

「そんなに大変な患者さんがいたのですか?」山形県酒田市、しょうない眼科院長の土谷大仁朗は訝しんだ。同院では検査機の多くをトプコン製品で揃え、新製品開発にも協力している。新製品の開発で、どうしても上手く撮影できない人がいるという。「いえ、貴院の職員の方の付けまつ毛です」。

福間の回答に土谷はさらに混乱した。

「付けまつ毛は、1枚だったら大丈夫だったんですが、2枚つける方がいますよね。そうすると、丸いはずの瞳孔が丸く見えなくて、機械が反応しなかったんですよ」(福間)
 
試作品の改良を続ける中で、最後の障壁になったのが付けまつ毛。福間が目指す眼底カメラでは、付けまつ毛をつけている、普通の人も使えなくてはならない。「まさかとは思いましたね。眼科に来る人はそういうのをつけている人はほとんどいないので」と土谷は苦笑する。
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文=成相通子 写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN ストーリーを探せ!」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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