2018年4月11日、米食品医薬品局(FDA)が1枚の通知を出した。AIによる糖尿病性網膜症の自動診断システムが、初めて医療機器として承認された瞬間だった。
「IDx社の自立型AI診断は、医師の介在が不要なフルオートです。これまでの常識を覆す、医療業界のパラダイムシフトになるでしょう」
医療のICT化や新しいテクノロジーの活用に詳しい慶應義塾大学医学部医療政策・管理学教室の宮田裕章教授に、注目の医療業界の動きについて尋ねると、開口一番、こう答えが返ってきた。
IDx社は、画像診断の研究で知られるアイオワ大学の研究者たちによるスタートアップだ。「最高レベルに近い診断が身近なクリニックでも提供可能になるはずだ」と、アイオワ大学眼科部教授で、同社の創業者・プレジデントのマイケル・アブラモフは話す。
AIを使った画像診断は、放射線科や病理など様々な分野で始まっている。しかし、あくまで診断を下すのは医師で、AIは情報を提供する補助という見方が大半だった。しかし、IDx社の自立型AI診断システム「IDx-DR」は、画像から診断するプロセスに、医師の介在を必要としない。
仕組みはこうだ。4時間ほどのトレーニングを受けたクリニックのスタッフが眼底カメラで患者の眼底を撮影。その画像をクラウドに上げて、IDx社のAIが数十秒で糖尿病性網膜症の疑いの有無を判断する。疑いがあると判断されれば、専門の医療機関で診療を受ける。疑いがないと判断されれば、12カ月以内に再検査を受ける。
トレーニングを受けたオペレーターが眼底カメラを使ってユーザーの網膜の写真を撮影。左右の目を2回ずつ撮影する。
この8月に科学誌ネイチャー・デジタル・メディシンに掲載された論文によると、同社のAIは、米国最高レベルとされる専門家 (FPRC)による診断結果と、陽性(疑いあり)で87%、 陰性(疑いなし)で90%の高確率で一致した。
一見、人間の方が優れているようにも見える。しかし、アブラモフは「人間も機械も完璧ではない。人間のパフォーマンスはムラがあるが、機械は精度を保てる」と指摘する。そもそも、最高レベルの専門家は一部の人しか受診できない。
糖尿病性網膜症は、糖尿病の合併症の一つ。成人失明の主な原因で、アメリカでは年間2万4000人がこの病で失明する。早期発見で治療が可能だが、検査を定期的に受ける人は半分ほどしかいない。
「IDx-DRを導入すれば、数カ月前に専門医を予約して、数時間待って検査を受けるという面倒がなくなります。早期発見の機会とともに医療効率も上がるのです。」(アブラモフ)
FDAの通知に日本のメーカー名
眼底写真のAI分析はホットな研究分野だ。グーグルの研究者が関連論文を相次ぎ発表するなど、熾烈な研究開発競争の中で、なぜIDx社のAI診断が初めてFDA承認を得ることができたのか。アブラモフは、鍵は「ユーザビリティだった」と言う。
FDAの通知をよく読むと、このAI診断システムの撮影にはTRC-NW400(以下NW400)を使うようにと書いてある。日本の精密機器メーカー、トプコンが4年前に発売した眼底カメラだ。
アブラモフは、8年前から自立型AI診断の承認に向けて、FDAに相談していたという。一番の難関はAI診断に足りる画像の撮影だった。同じ機械でも撮影する人の経験や技量で画像のクオリティにバラツキが出て、診断の精度が大きく変わってしまう。