だが、当時この挑戦に関しては業界内から「時期尚早」「長くは続かない」という声も多かった。と言うのも、パリコレで発表している日本のファッションブランドは川久保玲の「コム デ ギャルソン」、山本耀司の「ヨウジヤマモト」、阿部千登勢の「サカイ」などを筆頭に、自らのブランドで資本を作ると同時にクリエーションやチーム、コネクションを年齢とともに成熟させ、満を持して挑戦することが多いからだ。
日本ブランドとして先頭を走る、川久保玲と山本耀司は創業から約9年(30代後半)、阿部千登勢は約12年(40代後半)というように、パリコレまでに一定の年数をかけている。
チーム作りだけでなく、お金の面でも体力が必要になるからだ。パリコレクラスになると、1回のショーで1000〜4000万円程度の出費がかかる。毎年最低でも2回のショーを行うため、安定した経営状況を作ることは必須事項。だからこそ、業界にとっては株式売却からパリコレへの挑戦は異例であり、ネガティブな声が出たのは必然だった。
「見返すつもりでいたので、笑われても批判されてもいいと思っていた。だけど、PRやセールスなど、何も知らず、何も決めずに行ったから最初は大変だった(苦笑)」
「クリスチャンダダ」2019年春夏コレクション。現在はパリ・メンズ・コレクションの期間中にメンズ・ウィメンズを合同で発表している。提供:クリスチャンダダ
実に森川らしい見切り発車なスタートだったが、「クリスチャンダダ」は今もパリで発表を続けている。毎シーズン、ブランドの売上をもとにショー予算を決め、3年かけてチーム体制を整え、いよいよ発展のフェーズに入ってきた。今ではほとんどの媒体がショーに足を運ぶようになったが、「どの媒体の誰が来ているかが重要」と森川は質にこだわっている。
「今は、どうしたらメゾンブランドのように注目されるかに興味がある。それは自分のブランドだけでは限界があるから、(他の日本勢を巻き込み)海外から見て『日本のブランドは勢いがある』というグルーブ感を作りたい気持ちになってきた」
森川はこのようにブランド知名度の向上を重視している。他の日本人デザイナーと比較すると、良い意味で出世欲が強く、負けず嫌いな性格だ。
「知名度を上げると循環が良くなる。知名度が上がると比例するように売上も伸びるほか、工場などの周りの人も変わってくる」
取材中、森川はブランドの立ち位置を富士山の登頂に例えたり、ブランドの成長をRPGゲームに置き換えて話をしていた。渡英やパリコレ挑戦の理由もそうだが、森川の行動原理は20歳の頃から現在まで主観的な目的こそあれど、決断の決め手には必ず客観的な視点が含まれている。そして、ある程度の見切り発車で行動している点も彼ならではだ。
「主観的」「客観的」「行動力」のバランス感、そして負けず嫌いな性格だからこそ世界を相手に戦えているのだろう──。