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世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版

東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授 伊藤亜紗

2050年、私たちの生活はどうなっているのだろうか。

そんな疑問から、Forbes JAPAN 12月号では、ビジョナリーなリーダー、学者、アーティストと「未来を見通すメソッド」を探る特集「BEST VISIONARY STORIES」を実施。「暮らす」というテーマで京都大学学長の山極壽一氏、「死ぬ」というテーマで大阪大学教授の石黒浩氏など、各分野の有識者に未来予想図を聞いた。

「2050年の“感じる”」というテーマで話を伺ったのは、美学を専門とし、アート、哲学、身体に関連する横断的な研究を続けている気鋭の学者、伊藤亜紗。幼い頃から、自分の体も含め、身の回りの昆虫や小動物など「自分と異なる体を持った存在」について興味を抱いていた。

「昆虫に変身して、彼らの存在を実感として感じてみたい」

その興味は、いまも変わらない。ベストセラーとなった『目の見えない人は世界をどう見ているのか』のもとになっている調査研究も、その延長だった。

視覚障害者は、どんなふうに世界を認識しているのか。自分も視覚を使わない体に変身し、実感したい。それはすなわち、自分ではない他者を理解すること──。

「感じる」ことを見つめ続けている伊藤に、2050年の「感じる」について、思うところを聞いた。

数字だけでは「限界」がくる!

──テクノロジーの進化によって人間の五感が衰えてきている、という声をよく耳にします。

いつの時代でも、テクノロジーの変化は人間の感じ方を変えるものだと思います。でも、だからといって、テクノロジーを人間の感性を衰えさせるものと決めつけるのは、ちょっと違うんじゃないか。テクノロジーと人間の感性は対立するものではなくて、テクノロジーが感性をつくり、感性がテクノロジーを作る、というような補完的な関係なのではないでしょうか。

ただ、「感じる」にもいろいろなレベルがありますよね。本当の意味でじっくり感じる、というのはけっこう勇気のいることだと思います。

──「感じる」に勇気がいる、とは?

私は、大学では芸術を教えているのですが、「この絵を見て、どう思う?」と聞いても、言葉が出てこない学生が少なくないんです。

想像するに、学生の多くは小学生の頃からずっと勉強、勉強で、自分の正直な欲望に従う、ということを抑圧されてきた面があるのかもしれません。

子どもの頃って、「なんか、今日はぼーっとしていたいな」ということ、ありませんでしたか? そういう「自分の体の声」みたいなものが、塾だ習い事だと忙しくしているうちにかき消されてしまい、だんだんと自分の感じていることに向き合うことができなくなってしまっているのではないかと。

これは、学生だけではなくて、大人も同じかもしれません。いまの世の中において、社会人は数字での業績評価は避けられないですよね。数字に監視されているというか。私のような研究者にしても、論文を何本出したか、それがどれだけ他の論文に引用されたか、といった評価を常に受けています。

どんな業種であったとしても、常に数字を気にしながら働いているのではないでしょうか。

──ほとんどの社会人は、そうかもしれませんね。

そうこうするうち、自分は何のためにこの仕事をしているのかわからなくなってしまう。たとえば過労死の問題にしても、傍から見れば、数字のためにそんなにがんばらなくても、そんなブラックな会社、どうしてやめられないの? と思うけれど、数字に支配されてしまっていると、なかなかそのことに気づけない。

そう考えると、「感じる」ということは、「いま、危機的な状況にある」ということを本人に知らせる警報機的な役割があるような気がします。

取材・文=鈴木裕子 写真=帆足宗洋(AVGVST)

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