アートや表現に興味をもったのは、画材屋を営む祖母など家族からの影響も大きいと和田は話す。いまでも作品づくりに必要な材料を選ぶために、祖母に相談することもあるという
マジョリティに最適化された世界のルールチェンジを
──和田さんの特異性は「領域を越えていく」ことにある気がします。今後、どんな活動に取り組もうとお考えでしょうか。
何か具体的なプロダクトをローンチするというよりも、いちばんやり続けたいのは、さまざまな人の言語表現をアーカイブ化すること。それは、今後60年くらいかけて取り組んでいきたいことなんです。
この前も80代のろう者の方に話を伺ったんですけど、その方はひとつひとつにラベルをつけていく日本語的な言葉に依らず、見たものを見たままに手の動きで豊かに表現して、それこそ「魚」を表すのに「魚を釣る」ところから伝え始めたりするんです。そんな方が自身の戦争体験をどのように表すのか──。
さまざまな年代の人のさまざまな体験を、ひたすらアーカイブして、地道にデータを収集していきたいんです。
──そのアーカイブの蓄積が、「新たな言語」の開発に繋がっていくのでしょうか。
私自身、インタープリターとして活動しながら、ジレンマを感じていることでもあるんですけど、翻訳をすると、その人の育まれてきた文化や背景、ニュアンスといった「その人らしさ」みたいなものが、削ぎ落とされてしまう。料理と一緒で、何かを伝えようとしたときの熱量が、翻訳した瞬間に冷めてしまうんです。
それをいかに熱々のまま相手に伝えられるか──きっとそれは、Google翻訳で賄えないものだと思っています。
「新たな言語」というとおこがましいけど、アーカイブを紡ぎ直して、その熱量やニュアンスを取りこぼすことなく表現できるような「メディウム」をつくりたい。たとえばセンサーによって空間を認識する服「echo」を着ると、目を意識しないことで前後の感覚が重要ではなくなったり、後ろを起点に探るといったことができます。それは何か新しい身体器官を身にまとうような体験で、新しい思考実験の場が生まれることになりました。
どうしてもバリアフリーをめぐるテクノロジーは、「できないことをなんとかできるようにするためにサポートする」みたいな、"マイナスを起点とするものづくり”が多かったと思うんです。もちろん、それも大切なことではありますけど、果たして「できないことをできるようにする」って、美しいことなんだろうか、と疑問に思うこともあります。
この世界はマジョリティのために最適化されていて、マイノリティにとって“クソゲー”すぎる。このあまりにルールの破綻したゲームのルールチェンジをして、マジョリティの世界だけでは見えてこない領域や文化を耕すことで、彼らとともにその美しさを探っていきたいと思います。
Forbes JAPANはアートからビジネス、 スポーツにサイエンスまで、次代を担う30歳未満の若者たちを表彰する「30 UNDER 30 JAPAN」を、8月22日からスタートしている。
「Healthcare & Science」カテゴリーで選出された、インタープリターの和田夏実以外の受賞者のインタビューを特設サイトにて公開中。彼ら、彼女たちが歩んできた過去、現在、そして未来を語ってもらっている。
和田夏実◎インタープリター。1993年長野生まれ。ろう者の両親のもと、手話を第一言語として育ち、大学進学時にあらためて手で表現することの可能性に惹かれる。慶應義塾大学大学院修了後、現在は視覚身体言語の研究を行ないながら、さまざまな身体性をもつ人々と協働し、それぞれの感覚を共に模索するプロジェクトを進めている。2016年度未踏IT人材発掘・育成事業「スーパークリエータ」認定。2017年ICC(NTTインターコミュニケーション・センター)にてエマージェンシーズ!033「結んでひらいて / tacit creole」展示。http://signed.site/