ビジネス

2018.08.08

hey 佐藤裕介「勝つことに意味はない 20代の経験から見えた、人生の目的」

hey 佐藤裕介


山に登って頂上に着いたけど、そこには何もなかった

次第に会社員として清濁併せ呑んでがんばる覚悟が揺らぐようになりました。と同時に、優秀なリーダーと接するうちに、自らのリーダーとしての在り方や改善点もたくさん見つかりました。そうすると貴重な気づきを実践するためにも、やはり自分がリーダーになる環境が欲しくなってくる。

グーグルの中で、その機会を待つこともできましたが、すぐにその環境を手にしたかった。結局、2年でグーグルを辞め、リーダーにならざるを得ない環境をつくることにしました。24歳のときです。

辞めて少し経ったタイミングで出会ったのが本田謙です。僕にとって20代の最も大きな出会いでした。グーグルを辞めてちょうど1年後、彼がCEO、僕はCOOとしてフリークアウト(現:フリークアウト・ホールディングス)の創業に参画しました。本田は10個も年が離れている僕にチャンスをくれた人。僕は彼がこれまでに築き上げてきた信用資産を生かしながら、いわゆる下駄履かせてもらった状態で事業を立ち上げることができた。とてもラッキーでした。

実務的なものはすべて任せてくれましたし、僕が犯す失敗にも寛容でした。彼との出会いがなければ、僕の20代はまったく違うものになっていたと思います。


2014年、フリークアウトの上場記念式典で

もちろん、すべてがうまくいったわけではありません。一番記憶に残っている失敗、というか挫折は上場したタイミングのこと。創業から3年5カ月で上場したのですが、それまでに蓄積してきた事業資産が、自分の想定していたほど大きくなかったことに気づきました。

これまでの頑張りと周りの評価、実際の状況の間に絶望的なギャップが生じていた。実際それから2年くらい株価は低迷。その責任の多くが自分にあります。

その結果に対する悔しさもありますが、それ以上に後悔しているのは「会社がダメにならないか」以外にこだわりが持てなかったこと。

20代は自分とチームに対する責任感だけが原動力でした。やるからには負けたくないし、成果を上げたいという想いしかなかった。「こうやって世の中を変えたい」という熱意に突き動かされていたかというと、決してそうではありませんでした。

20代を事業づくりに捧げてきました。ただそれをやりきったところで、自分個人に何が残ったのかハッキリとわからなかった。必死で山を登って頂上に着いたけれど、清々しい気持ちになるわけでもなく、雲で覆われ景色もよく見えない。そこには何もなかったんですね。

やはり、自分が本当に世の中がこうあるべきというものに時間と力を注ぐほうが絶対に清々しい気持ちになれる。空振りしたとしても必ず見えてくるものがある。特にいま、20代ならば打率を考えるより、自分が信じられる方向に大振りしたほうがいい。ホームランを狙うべきです。振り返ってみて、20代はもっとリスクを背負うべきだったな、と思います。
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文=向 晴香 写真=小田駿一

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