禿げ上がった頭にあごひげを生やした33歳のジャック・コンテは、妻と共に夫婦音楽デュオ「ポンプラムース」を結成している。週末のほとんどをロサンゼルスで過ごし、別のファンク・バンド、スケアリー・ポケッツのメンバーとのジャム・セッションに時間を費やしている。
そんなコンテの平日の仕事は、サンフランシスコにある100人規模のスタートアップ「パトレオン(Patreon)」のCEOだ。画家やポッドキャスター、歌手、ダンサー、ライター、ゲームデザイナー、フォトグラファーに至るまで、幅広いジャンルのお気に入りのクリエイターをファンが月単位の寄付金で支援するウェブサイトとアプリを運営している。
今、自身の音楽への情熱を揺るがしかねない“アイデンティティの危機”が訪れていると、コンテは冗談めかして言う。パトレオンの評価額は現在、約4億ドル(約430億円)だ。「多くのクリエイターたちが、高パフォーマンス集団である我々を頼っている。これは、僕にとってとても重要なこと。だから、音楽に割く時間が減ってきているんだ」。
ファンと直接結ぶ仕組み
コンテがスタンフォード大学のルームメイトで現CTOのサム・ヤム(33)と共にパトレオンを立ち上げたのは5年前のことだ。同社がこれまでアーティストに支払った金額は累計2億5000万ドル(約275億円)、2017年だけで1億5000万ドル(約165億円)以上に及ぶ。
人気の秘密は、アーティストとファンを直接結ぶ仕組みだ。寄付金を提供する“パトロン”であるファンはライブQ&Aやアーティストとの“限定チャット”、インスタグラムやフェイスブックへの投稿記事よりももっと身近な舞台裏映像など、様々な特典が得られる。また、他人を支援することによって良い気分になれる、という人間本来の特性も満たしている。
「パトレオンはクリエイターたちをデジタル広告モデルの苛酷な生存競争から救い出せる」、コンテはそう確信している。
サンフランシスコ北部のボヘミアンな雰囲気のマリン郡で育ったコンテは6歳の頃、父親からジャズやブルースの音階を教わり、音楽に夢中になった。スタンフォードで作曲を学んでいた07年、当時の彼女ナタリー・ナッツェンと共にユーチューブ・ビデオを作り始めた(16年に2人は結婚)。
貯金を使い果たし、2枚のクレジットカードも限度額に達した13年、3カ月かけてミュージック・ビデオを制作。ロボットやスター・ウォーズのファルコン号のコックピットが登場する壮大な作品だった。
彼のファンの間で人気が出たその動画は1年間で100万ビュー以上を記録。しかし最初の1カ月でコンテが得た広告料はわずか54ドル。現在までに約1000ドルの収入があったが、動画制作にはコンテが割いた時間を除いて1万ドル以上かかったという。
「クリエイターとしてどん底だったこの時代がきっかけだった」とコンテは言う。価値の高いものを作り出しても決して正当な対価が得られない。「価格と対価がまるで見合っていないことが、パトレオンを立ち上げる直接の動機になったんだ」。