デザイナーという仕事は比較的“黒子”に近い存在なのだが、日本はおろか世界中のメディアを賑わしている佐藤オオキは、まぎれもなく今年を代表するスターデザイナーであろう。それを証明するように、彼が代表を務めるデザインオフィス「nendo」がミラノサローネの巨大ホールで開催したイベント「nendo : forms of movement」の会場前には長蛇の列ができていた。
「私がミラノサローネに行き始めたころは“家具の見本市”であり商談がメインでしたが、年々情報発信の場へと変化してきました。ここ数年は自動車メーカーやファッションブランドの参加が目立っており、ブランディングをしながらモノに触れ、世界観をリアルに体験する場所になっています。素材や技術がどんどん進化していく中で、他社との違いを表現する“接着材”として、デザインの価値が評価されているからでしょう」
「nendo : forms of movement」は、日本メーカーの繊細な素材や緻密な加工技術から生まれる“モノの動き”を形にした全10作品を製作し、10の部屋で展示している。参加企業の多くはBtoBのビジネスをしているが、nendoというフィルターを通すことで、たくさんの人々の目に触れ、その技術を体感できる。そこに目的がある。
「今回のインスタレーションの発想のきっかけは、YKKからファスナーをデザインしてほしいと依頼されたことです。しかしファスナーの機構には100年以上の歴史がありますから、いまさら色や形を変えるだけでは面白くない。それで3枚の布を同時に留めることができるファスナーなどを考案しました。この技術は、実際にファッションブランドから問い合わせがあったそうです」
「つまり新しいコンセプトが、新しい販路をつくったのです。それが面白かった。私たちは“きっかけ”を提供しているにすぎない。しかしこうやってクリエイティブが独り歩きしていくという状況が、実は好ましいんです。最近は製品のデザインというよりも、一緒に組織づくりや人材育成をお願いしたいというオファーが増えました。企業にとってもクリエイティブの大切さが浸透し始めているように感じます。社内に埋もれているポテンシャルを引き出すことも、デザインの役割なのです」
佐藤はどこまでもポジティブだ。しかしながら、400を超えるプロジェクトを抱え、関連企業も入れると80人以上のスタッフを抱えるnendoを切り盛りするのは大変ではないのか?
「とにかく仕事が好きなんです(笑)。多くのプロジェクトを進めるためには、情報やアイデアをインプットし続けるのではなく、溜まったら全てを吐き出すことが大切。デザインは開かれたプラットフォームであるべきだし、レシピを公開してモノを作るなんて、今っぽいじゃないですか。だから自分の強みであっても、時には捨ててしまうことも必要ではないでしょうか」
「今年のミラノサローネでは、フリッツ・ハンセンやスワロフスキー、ミノゥティからも作品を発表しています。企業哲学が異なる会社とのプロジェクトを円滑に進めるには、柔軟性がとても大切になる。そして多種多様なプロジェクトを進めることで、シナジー効果で視野が広がり、新しい何かに気付くのです」
佐藤オオキは、“粘土”のように状況に合わせて形を変えることができる。その能力こそが、世界で戦う力となっている。