例えば最近、囲碁や将棋でAIが名人に勝利した、というニュースがありました。これは素晴らしい研究成果ですが、ビジネスとしての価値はどう捉えるべきでしょうか?
まず囲碁、将棋ともに趣味としている人がそれほど多いというわけではありません。日本生産性本部による『レジャー白書2017』によると、日本国内の囲碁人口は200万人、将棋は530万人だそうです。これは国内旅行(5330万人)、外食(4090万人)、読書(3880万人)などと比べてみると、それほど一般的な趣味とは言い難いことがわかります。
そしてそれ以上に問題なのが「どれくらいのストレスか」という部分です。囲碁や将棋を楽しむ人は、好き好んで頭を使っているわけです。「AIが代わりに勝っておいてくれるよ」と言われてもあまりうれしくありません。「AIが代わりに旅行しておいてくれるよ」「AIが代わりに外食しておいてくれるよ」と言われてもうれしくないのと同じです。故に、ただ囲碁や将棋に強いだけのAIを作っても、それだけで直接有望なビジネスになるわけではありません。
ですが、このような場合でも、少しだけプロダクトの方向性を修正すれば、価値が増す場合があります。AIとはもう少し具体的に言えば、「何かの評価基準において最適解を高確率で選ぶ仕組み」です。例えば囲碁や将棋で言えば「勝利できる可能性」などがこの評価基準にあたりますが、例えばこれを少し別のものにしてみるだけで、喜ぶ人が増える場合があります。
例えばそのAIと対局した人が、「どれだけ成長できるか」という基準を最大化するようなAIはどうでしょうか?「代わりに勝ってくれるAI」はうれしくなくても、上達する指導をして欲しい人はいるはずです。
またさらに、自分たちがフォーカスしている「人間の活動」を少し抽象的に捉えて範囲を広げてみる、という考え方が有効なこともあります。今回の場合で言えば、「囲碁を打つ」「将棋を打つ」という活動を少し抽象化すると「知的なゲームで対戦する」と表現することもできるでしょう。
このように範囲を広げると、囲碁や将棋に限らず、プレイヤーに対して最適なゲームを提案して、遊び方の手ほどきをして、ちょうどいいレベルの対戦相手になってくれるAI、というものができたとすれば、そちらの方がよりビジネス価値は大きくなることでしょう。
このように、総負荷量という考え方を知っているだけでもだいぶAIプロダクトの失敗を避けることができます。皆さんも新たなAIプロダクトのニュースを見かけたら、「それが世界中でどれぐらいのストレスを代替するものなのか」をぜひ考えてみてください。