買収することを発表したのはPillPackという、2013年に生まれたばかりの会社だ。薬局に行く代わりに、オンラインで薬を送ってくれる。それだけなら、巷にいくらでもある「リアル」→「バーチャル」の、かねてからのEコマースモデルだが、市場関係者が注目しているのは、その顧客データの質だ。
アマゾンが顧客データを分析して、「欲しい」というより前に「欲しいはずのものを陳列して見せる」レコメンデーション機能で、18兆円ビジネスをつくったことは、いまさら解説する必要もないだろう。しかし、これまでの収集してきた顧客データは、誤解を恐れずに言えばどうでもいいようなデータだった。
たとえば、あなたがコカコーラを飲むかペプシを飲むか、ビールはドライがいいのか生がいいのか、隣の客に見られながらスーパーで棚に手を伸ばすことに、抵抗感はないだろう。しかし、あなたががん治療にかかわる薬を処方してもらっていることを隣人に知られることはどうだろうか? あるいは鬱病の薬や性病の薬……これこそプライバシーだ。
薬の購入に関するデータは、他の買い物よりも命や健康に関わることなので、データとしての重要性が高い。つまり、データの質が、これまでのデータよりも数ランクも高いところに位置していることがおわかりいただけるはずだ。
これらのデータを手にすることにより、処方薬に関連する商材、たとえばビタミン剤や市販薬、ディスペンサーや加湿器などの器具が売れるということはもちろんのこと、健康保険(アメリカの場合は民間)もアマゾンを経由してセールスされることになり、それによりさらに上質のデータが収集されることさえ示唆される。
専門家は、連邦個人情報保護法(Federal Privacy Act)が厳しいので、ただちにアマゾンがこれらの情報を利用することができないよう、社内での部門間の「情報壁」によってコントロールするはずだから、プライバシーが合併によって侵害されることはないと指摘している。
果たしてその通りにいくだろうか。仮に「健康問診票を見せてもよい」という欄にチェックを入れると健康保険料が一割安くなりますというプロモーションがかかれば、それに応じない人がどのくらいいるだろうか?
将来的には、がん患者に対して、遺言を扱う法律事務所や生前贈与のファイナンシャルプランナー、はたまた葬儀会社の宣伝をメールで送ることさえできるのでは。それは怖いことであると同時に便利で助かる、筆者自身そう思ってしまうのも事実だ。