少子高齢化社会でこそ「食卓を囲む」べき理由

shutterstock.com

「味」は噛みしめることによって脳に直接刻み込まれます。人は咀嚼することで味に出会い、食を通じて土地と季節を味わい、自然と共に暮らしているのです。

そして、咀嚼して脳に刻みこまれた味の記憶は、再びそれを口にしたときに思い起こされることがあります。記憶に結びつけられた匂いを嗅ぐことで過去の記憶が呼び覚まされる心理現象で「プルースト現象」と言いますが、経験したことがある人も多いのではないでしょうか。

フランスの小説家、マルセル・プルーストの小説「失われた時を求めて」の中で、主人公がマドレーヌを紅茶に浸したとき、その香りをきっけに幼少時代の記憶が鮮やかに蘇るという描写から名付けられた現象で、「無意識的記憶」とも言われます。

ディズニーの映画「レミーの美味しいレストラン(原題:Ratatouille)」でも、料理評論家がラタトゥイユを食べた瞬間に母親の料理を思い出すシーンが描かれていますが、味覚や嗅覚は、幼少期の記憶や思い出、友人や家族との時間、または昔の恋人との食事を思い出させてくれる、要するに記憶装置みたいなものなのです。そして、思い起こせる情景が多いということは、今後豊かさの一つになっていくのではないかと思います。

「噛まない」ことの弊害

しかし今、少子高齢化が進む日本で、この食事の時間が減ることが子供にも高齢者にも深刻な問題になっています。

親が共働きで忙しいからなのか、価値観が多様化したからなのか、子供たちの食事に、効率的なレトルトや缶詰などの調理済み食品が増えています。僕はよく、「人を良くすると書いて『食』、人を良くする事と書いて『食事』」と言っていますが、時間や愛情が注がれなくては、「食事」はただエネルギーを補給するだけの「食餌」となってしまいます。

一方で高齢者においては、歯が弱くなったという理由で、柔らかく味わいのない介護食が浸透してきています。介護食は、高温で加熱されているために食物の組織が破壊され、製品を均質化するために材料が小さくされ、さらに喉ごしをよくするため油脂を過剰に加え柔らかく加工されており、咀嚼をする回数が減少します。

噛まないことには唾液が出てこず、唾液が出ないとうま味の相乗効果が生まれないので味わい深くもならず、消化を助けることもできません。また、老人ホームに入って介護食を食べ始めたら痴呆が進んだ、という話もあるように、噛むことで活性化される脳にも影響が及びます。実際、高齢者の歯を調べてみると、歯の残数が多い人が長生きしているというデータもあります。

昔から親や先生に、「よく噛みなさい、美味しくなるから」なんて言われていたと思いますが、この言葉の真意には、いろんな深い意味があったのではないかと思います。

時間をかけて誰かと楽しく食卓を囲むということは、味覚、嗅覚、聴覚、視覚、触覚と五感を使うことです。そうして感覚を働かせているときは脳が解放されるので、日々の緊張がほぐれたり、精神が安定したり、ストレスも解消されます。忙しいと食事時間を確保できず、ついついあまり噛まずに飲み込んでしまいますが、これがストレスの原因になる、なんとも悲しい因果関係です。
次ページ > 食卓が現代人の3つの課題を解決する?

文=松嶋啓介

ForbesBrandVoice

人気記事