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スノーピーク 山井太社長(左)とミツフジ 三寺歩社長

会社の規模だけで「中小企業」と呼ぶのはもうやめよう。日本の価値ある企業を探すForbes JAPAN「スモール・ジャイアンツ」。第一回の大賞に輝いたのが、京都のミツフジだ。見捨てられた「生地の織り」技術をIoTウェアラブルで蘇らせて「hamon」を開発したミツフジには、世界から提携の依頼が殺到している。

4月25日に渋谷「TECH PLAY SHIBUYA」での授賞式で行われたミツフジの三寺歩社長と、世界中でファンを獲得した元祖スモール・ジャイアンツ、スノーピークの山井太社長のスペシャルトークセッションをお届けする。


──価値ある小さな大企業「スモール・ジャイアンツ」になるまでに、他人には窺い知れぬドラマがあったと思います。ターニングポイントを教えてください。

三寺Forbes JAPAN4月号で書かれた記事は、本当に脚色ゼロなんです。父から「今日で会社が潰れる」と言われて。それを聞いて家で「どうしよう」と悩みました。いま考えると、そこからがターニングポイントだったのかなと思います。

私は氷河期世代で、たまたま松下電器という大きな会社に入社でき、その後、外資系企業に移りましたが、同世代のまわりの人々は思うように就職できない人も大勢いました。地元に帰るたびに、自分とまわりの生活に差が生まれ、開いていくのを実感するわけです。そんな堕ちていく故郷を見るたびに、「これでいいのか」と自問しました。

父からの電話の後、自分の中で「今だ」と思ったんです。「自分が東京で教えてもらったことを、故郷に返すときがきたんだ」と思った瞬間でした。そのとき、人生っていうのは、点と線が繋がる瞬間があるんだな、と思いました。

その一方で、親のやっている会社が何をやっているのかちゃんとわかっていなかったので、お取引いただいていた会社さんの声を聞いて回ったわけです。すると、どこの会社に伺っても「本当にいい会社だ」と言っていただきました。なぜ、そこまでいい会社だとおっしゃるのか、尋ねてみると、「実直に商品をつくっていて、商品自体の性能もいい。なにより、その商品にプライドを持って頑張っている」と。

そこで会社に欠けているものが見えたんです。「いい商品、いい仕事だけど、マーケットと紐づいていない」。自分はそれまでずっと営業マンをやっていたので、その分断を繋ぐ「接着剤」になれると確信しました。そのときが、ターニングポイントだったように思います。

──スモール・ジャイアンツは、「第二のスノーピークを探そう!」が裏テーマでした。山井社長の場合、飛躍するきっかけは何だったんですか。

山井:お客様の声を聞くという意味では三寺社長と似ているのですが、我々の場合は自社製品のユーザーから直接、「声」を聞いたことがターニングポイントでした。


(写真左から)セッションのモデレーターを務めたフォーブスジャパン編集次長兼シニアライター藤吉雅春、ミツフジ三寺歩社長、スノーピーク山井太社長

もともと、私はアウトドアが好きだったのですが、スノーピークで日本に「オートキャンプ」という市場を生み、その結果、オートキャンプ人口が2000万人に達するというブームが起こりました。会社の売上が、5億円から25億円に伸びました。しかしその後、1990年代にブームが終焉すると、そこから6年間、売上が落ち続けました。売上が14億円まで落ちたのです。

海外展開など策を講じましたが、そんななかで「原点に帰ろう」と。スノーピークの製品を使っていただいているユーザーを招いてキャンプイベントを開催し、直接交流して「声」を聞くことにしました。それがいま現在まで続いている「スノーピークウェイ」というイベントです。最初は30組のユーザーが参加してくれました。

そこで言われたのが「スノーピークの商品は、値段がめちゃくちゃ高い」と。スノーピークの製品を愛用して、イベントに参加してくれているユーザーからですよ(笑)。


文=加藤智朗 写真=岩沢蘭

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