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I write about what success looks like today.

Rawpixel.com / shutterstock

リーダーになるため、授業を受けたり本を読んだりすることなど考えもしない人たちがいる。

すでにリーダーとして忙しく働くこうした人たちにとって、リーダーシップ開発をさらに深めることは、スプーンの使い方について1年間のコースを受講したり、デュアル・モード・ビークル(DMV)の運転マニュアルを毎晩読まされたりすることと同じだ。そんなもの、誰が必要だろうか?

何十億ドルもの市場を形成するリーダーシップ開発業界は、その営利行為を正当化する上で、この業界の崇高な介入なしでは地球からリーダーが消えてしまう、と言わんばかりに振舞うことが多い。しかしどの社会にも、幼少の頃から能力を発揮する天性のリーダーがいる。

4歳のエルは、こうした生まれつきのリーダーだ。彼女は、マニラ郊外に住む私の親しい友人の娘だ。数年ぶりに再会すべく、最近友人を訪ねた私は、現代のさまざまなリーダーシップ研究から得られるよりも多くのことをエルから学んだ。

エルは、同年代の子どもたちに自信を持って指図し、指導する才能を持っている。自分より年上の人に対しても同様だ。

「ロビーおじさん、今からジェンガで遊ぼう」

「お父さん、お母さん、今すぐここに来て」

「ロビーおじさん、口に食べ物を入れたまま話しちゃだめ。失礼だし、のどを詰まらせるかもしれないよ」

エルは、企業理念や戦略計画、どうでも良い「ビジョンのようなもの」を通して指導しているのではない。言葉や行動を通し、ただ「私の言うことを聞いて」と訴え、存在感を示すことで人を導いているのだ。

また彼女は、トップの指導者に必要な魅力や、営業精神まで身につけていた。マニラの午後のうだるような暑さの中、疲れて歩きたくないとき、彼女は「抱っこしたければ、してくれてもいいよ」などとかわいらしく言うのだ。こんな非強制的なお願いを拒否できる人などいるだろうか?

4歳の彼女は、多くの人がリーダーシップを実践できず、学習者にとどまってしまう原因となる自意識や慎重さ、不安を持っていない。

博物館に行ったとき、エルはフィリピンの偉人の像の足元に置かれた盾(生い立ちを記したもの)を指差し「なんて書いてあるか知ってる?『禁煙』だって!」と口にした。そしてさりげなく次の展示物へと移動し、皮肉的でこっけいで、自信に満ちた分析を心に浮かぶまま述べていた。この自信は、彼女の人生を通して役に立つだろう。

『マタイによる福音書』には、次のような一節がある。「イエスが語り終えると、民衆は感銘を受けた。イエスが他の専門家や指導者のようにではなく、権威のある人物のように話したからだ」

翻訳・編集=出田静

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