FreshBooks社で開かれた2013年のホリデーパーティーはどんちゃん騒ぎとなった。200人以上の人々が祝杯を挙げにやってきて、カクテルで幕を開け、照明とリボンでデコレーションされた煉瓦造りのロフトで着席ディナーが供された。ディナーの後は、品揃え豊富なバーとプロのDJがいるダンスフロアで、宴は続いた。
FreshBooksはトロントに本拠を置く、個人事業主向けオンライン会計ソフト会社。ユーザー数1000万人を誇る同分野のリーディングカンパニーだ。その日、従業員とその家族たちは、単なるお祝いではなく、大きな節目に居合わせていた。
「あの夜について私が覚えているのは、マイクが激しく踊りすぎて後方にあったアイスボックスに突っ込んだことです」
レヴィ・クーパーマンは共同創業者のマイク・マクダーメントを引き合いに出しながら、そう振り返る。2人も、この一夜の間だけは、FreshBooksが直面している深刻な問題への不安を忘れて、楽しむことができただろう。
ソフトウェアには、寿命がある。開発から10年経ったオンライン会計ソフト「FreshBooks」には、根本的な設計上の問題があった。新しい機能の追加が難しく、そもそも基本的なメンテナンスすら容易ではなかった。マクダーメントは、新たな目玉商品を生み出さなければ、企業として生き残れないことに気づいていた。そうでなければ、遅かれ早かれ競合に追い着かれ、追い抜かれることになる。
そして、その不安は的中した。15年1月に、BillSpringという名の業者が突如現れた。同社は、FreshBooksが抱えていた技術的な問題全てを解消した個人事業主向けオンライン請求システムの提供を開始。BillSpringは、あのホリデーパーティーの日にマクダーメントが恐怖したものであり、それ以上のものだった─。
改善されなかった問題
「FreshBooks」は、優れた技術ではなく、鋭いユーザー感覚から誕生した製品だった。社員数4名のデザイン事務所のトップだったマクダーメントが、もっとましなやり方があるはずだと思って自作したシンプルなアプリケーションが、創業の原点だ。
今やマルチデバイスで利用可能な「Freshbooks」だが、創業のきっかけになったのは、ログインして請求書を閲覧するだけのシンプルな自作のアプリケーション。
初期の開発チームは、コンピュータサイエンスの博士課程の学生と、大したプログラミングの知識のないデザイン事務所社長のマクダーメント、そして電気技師のクーパーマンの3人。
会計を勉強したくない個人事業主でも使えるオンライン請求書発行と出納管理のソフトを何とかサービス化した結果、ユーザーは徐々に増加。06年の中頃には有料会員は1000人に迫る勢いだった。
ただ、会社がかつてない速さで成長を続けると、技術的な問題点が徐々に明るみになってきた。
マクダーメントは2度、真剣に「プラットフォームの再構築」を試みたが、いずれも失敗に終わった。2度目のプロジェクト責任者は、新任の技術部長ウォーレン・ファレイロ。彼のシリコンバレーでの12年間の経験をもってしても、「FreshBooks」の抜本的な改変はできなかった。いわば、走行中の自動車のタイヤを交換しなければいけないような状況に、彼の率いるチームはついにギブアップした。