キャリア・教育

2018.04.03 08:30

中野区を「電子決裁率日本一」にしたスーパー公務員の新たな船出

元中野区役所職員、酒井直人

元中野区役所職員、酒井直人

ともすれば「お役所仕事」などと揶揄される行政の世界で、さまざまな業務改善を進めた男がいる。議員給与、文書管理、財務会計、電子決裁をはじめ、中野区役所の一般職員が使う約8割のシステム導入に携わったのが、元中野区役所職員の酒井直人だ。

1996年から中野区役所に勤め、在職時には、中野区が全国の地方自治体のなかで電子決裁率日本一に輝いた際の立役者ともなった。

酒井が初めて業務改善に関わったのは、職員として約3年が経った頃、議員の給与システムを入れ替えたことからだ。民間企業が使っている給与計算ソフトを購入して、毎年システムにかけていたコストを20分の1にした。

結果として、システムの導入は金銭的なコストだけではなく、作業時間の削減にもつながった。その経験から「役所はとんでもなく無駄なことをやっている」と感じ、「自分が頑張れば税金の無駄使いがなくなる」と、業務改善にやりがいを見出した。その後、酒井は役所の中で年間億単位のコスト削減を主導していくこととなった。

大きな改善効果を生んだ理由は、単なるシステム導入ということではなく、そこに酒井自らのポリシーを反映させていたことも大きい。電子決裁システムの導入時には、役所にありがちな決裁ルートにも大きくメスを入れた。もともと、鉛筆を1本買うのにも課長決裁が必要だったが、その権限移譲を進めた。課長職は政策実現を含めたマネジメントが本来の仕事だというのが酒井のポリシーだったからだ。

改善は区民へのお得感がなければ

若手時代から業務改善を進める酒井を快く思わない職員もいたが、粘り強く説得を続けた。「また仕事を変えやがって……」「システム化なんか必要ない」などと言うベテラン職員も多く、インターネット掲示板の「2ちゃんねる」で、叩かれたこともあったという。同僚が自分を見る目が怖いと感じる時も、一度や二度ではなかった。

役所で嫌われ役を引き受けてまで改善を続けた理由は、「区民へのお得感がなければいけない」という酒井の頑なとも言える考え方だ。預かっている税金を無駄使いするのではなく、むしろ、預かった税金で最高の結果を出し、「公務員はこの給料で、こんなにも働いてくれるんだ!」と思ってもらいたいという彼の思いがあった。

地方自治体という組織は、職員の意欲を引き出すことが、文化的にも制度的にも優れているとは言えない。酒井自身も役所を俯瞰して見た時に、「職員の考えが甘い」「まだまだ改善できることは多い」と痛感しており、その状況を危惧している。

改善は終わりなき航海

実は、酒井は20年以上を過ごした中野区役所を今年2月に退職し、6月に行われる中野区長選挙に出馬表明した。誰であっても選挙に出るということは簡単なことではない。ましてや、酒井は公務員という安定的な身分を捨てることになった。妻や小学3年生の娘のことも頭をかすめた。

酒井の決断を最後に後押ししたのは中野区を愛する気持ちだろう。2014年に酒井は、公益財団法人中野区教育振興会が主宰した「第一回中野区検定」において、最高得点である96点を獲得している。検定では、中野区の歴史、地理、文化などを中心に出題されたが、中野区出身の著名人や、中野区でしか飲むことができないアルコール飲料の名前など広範囲にまで及んだ。平均点59.6点の受験者のなかでのこの高得点は、中野区への愛情のあらわれと言える。

中野区への愛情という面では、他にも印象的な出来事がいくつかある。酒井は一度、中野区を出て郊外に自宅を構えたこともあったが、思い直してすぐに区内に戻ってきた。また、公務員時代から中野区民とさまざまなまちづくりに取り組み、「こんなに楽しい活動をさせてもらって、給料をもらって良いものか」と笑顔で語ることもあった。

酒井は業務改善を継続することの重要性を説き、「改善は終わりなき航海」と言葉を残す。公務員であった46歳の男が大きく人生の舵を切った。酒井の航海にも、きっと終わりはない。

連載:公務員イノベーター列伝
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文=加藤年紀

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