とはいえ、200億ドルの評価額は高過ぎはしないか。たとえばこれを現在の会員数で割ると13万3333ドル。しかし会員ひとりがもたらす年間収益は平均8000ドルだ(しかも会員は月単位で退会可能)。また、面積当たりでいえば1坪7万1160ドルになるが、テックハブであるテキサス州オースティンの一等地ですら、1坪は1万1564ドルである。
「投資家は、200億ドルの価値があるコワーキング会社に投資しているわけではありません。そんな会社は存在しませんから」とニューマンは言う。「WeWorkの現在の企業価値と規模は、収益よりも、企業としての“エネルギーと精神”によるものが大きいと考えています」。
確かに、孫が現れる前から、ベンチマークやフィデリティ、ゴールドマン・サックス、JPモルガンなどが同社に15億ドルを出資してきた。彼らは、従来の指標では、WeWorkの革新的な事業モデルの価値が反映されないと考えている。
WeWorkを「ひとつの生き方」と呼ぶJPモルガンのジェイミー・ダイモンCEOは言う。「WeWorkはホスピタリティとテクノロジーのハイブリッド企業を構築した。不動産業界にあるほかのどんな企業とも、まったく違う」。
とはいえ、スタートアップにサービスを提供しているだけでは、成長には限りがある。投資家は──とりわけ孫は──WeWorkが世界中“ほぼすべての”働く人のオフィス体験を変えることに懸けている。
同社はこの数年で、ゼネラル・モーターズ、ゼネラル・エレクトリック、サムスン、セールスフォース、マッキンゼー、バンク・オブ・アメリカ、バカルディといった大企業と契約。数百人単位の入居には複数のフロアを個別カスタマイズで占有させ、また、年始にはグリニッジ・ビレッジにあるビル1棟を丸ごとIBMのオフィスに充てている。現在、大企業が月間売り上げの30%を生む。
「WeWorkは弊社にとって、いまや不動産ソリューションの基本です」と、マイクロソフトでオフィス365のマーケティングを取り仕切るマット・ドノバンは語る。ドノバンはこれまで、300人以上の従業員をWeWorkのオフィスに入居させてきた。「さまざまなロケーションで利用できるし、弊社の製品を使っているWeWork会員の洞察を聞くこともできる」。
成長中の企業にとっては、手間とコストを抑えながら、新しい市場に打って出る拠点にもなる。「完全にワンストップですべてが揃う」と、スライブ・キャピタルの創業者、ジョシュア・クシュナーは言う。
クシュナーは保険のスタートアップ「オスカー・ヘルス」の共同創業者でもあり、同社はWeWorkのオフィスからロサンゼルス市場に進出した。「WeWorkは面倒をすべて取り除いてくれる。だから僕らは経営に集中できる」。
データドリブンな建設テックが生む 稼働率99%のコワーキング
「WeWorkは、大家と交渉し、契約し、建設資材やガラス板を買い、デスクを制作し、配管や空調、Wi-Fiを問題なく機能させなければならないんです」と、ベンチマークのダンレビーは言う。「手の汚れる、実行力の問われるビジネスです」。
孫が評価したWeWorkの“実行力”はどのように構築されているのだろうか。たとえば17年9月中に新設したのは10拠点。14年までなら1年かけて開設していた数だ。これに寄与したのは資本力だけではない。
面積当たりの収益性を高めるという意味でいえば、WeWorkは航空会社に似ている。デスクを1台追加すれば、10年で8万ドルの売り上げになる。ただし乗客がエコノミークラスでも居心地よく過ごせるよう、十分なアメニティと特典が必要だ。
しかし、WeWorkのオフィスの基礎となる不動産は、ボーイング777とは違い、必ずしも同じ形をしていない。とくに彼らは古い物件を好む。これまで元税関庁舎、蒸留所、倉庫、そして上海ではかつてのアヘン工場をオフィスに変えてきた。
建設フローの効率化のためにWeWorkが駆使するのが「BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)」と呼ばれる技術だ。現場となるビルの内部をスキャンし、3Dモデル上で各フロアの設計ができる。目新しい技術ではないが、多くのプレイヤーが協業し硬直的だった建設業界は、建設テックのフロンティアだったともいえる。この技術は15年に買収した建築事務所「Case」が得意としていたものだ。