知識ではなく「知性」を磨いた人が生き残る

(左)政策研究大学院大学 名誉教授 黒川清(右)DAncing Einstein 青砥瑞人

AIと人間の境界線が薄れゆく今、私たちは何を己の武器とするべきか。その問いに挑んだのは、政策研究大学院大学の黒川清氏と、脳科学・教育・ITを掛け合わせて未来の学習を創造するDAncing Einsteinの青砥瑞人氏だ。

王道のエリートコースを歩み医学の道を究めた黒川氏と、高校中退後フリーターを経験した青砥氏。対照的な二人の出した答えとは……。3回の連載を通して、人間の脳と人生をめぐる2人の考察に迫る。


──研究者のお二人から見て、現在の日本企業の改善点はどこにあると思いますか?

黒川:これからの時代は、既存の価値を踏襲する「カイゼン型」イノベーションより、型にとらわれない型にとらわれないディスラプション、つまり破壊的イノべーションが大切だと思います。例えば今注目されているウーバーやエアビーアンドビー。本社もない、社員もいない、自前のタクシーも宿泊施設もなければ、ホテルマンもいない。けれど世界をあっという間で変えてしまうムーブメントを起こしている。

またアマゾンは、ドローンを使用して今までにない方法でデリバリーサービスの壁を乗り越えようとしている。日本企業のトップは、フレームの中で考えるのではなく、発想を変える必要があると思います。

青砥:同感です。僕が尊敬する医師のジュディ・ウィリス氏も、ある意味キャリアをディスラプションしています。彼女は神経内科医として15年働いた後に、教員資格を取り、実際に小中学生の指導にあたるんです。普通医師になったら、医師をやめて教員資格とりませんよね?彼女は神経科学は医学だけでなく教育にも役立つと確信したようです。そして、研究者は理論の構築はできるけれども、それを実際の現場に応用できていないと感じ、その理由は現場の無知にあると考え、実際に現場に立たれたようです。

黒川:人間は一度しか生きられませんからね。研究者は研究にとどまるのではなく、教育を通して次世代の人々をインスパイアする役割を担うべきだと思います。

青砥:どんなに有益な研究も、教育者や学習者が教育現場で使えるように落とし込めない限り、机上の空論で終わってしまいます。とりわけ神経科学のようなかなり高度で複雑な科学は尚更です。そして、理論を作る脳と、現場応用する演繹的な脳はそもそも使う脳機能も違う。研究者が現場応用できないのは当然と言えば当然。ぼくはジュディに実際に会い話を聞き、研究者でも医者でもなく、自分は神経科学を現場応用するスペシャリストになろうと心に決めました。その結果、DAncing Einsteinという会社を立ち上げたのです。

黒川:それは研究者にとどまらず、日本の企業人にも言えることです。日本の大企業の上層部はイエスマンが多いように感じます。サラリーマンですね。

彼らが目指しているのは社会の発展や技術の進歩、とはいっても現実には昇進。就職後、課長、部長、常務、社長と、組織体制に沿って上り詰めていくために仕事をする。それが日本の常識になってしまっているのです。まさにTVドラマ『半沢直樹』そのもの。

どんな仕事でもひたすら上司の意見に賛同している。業界内での転職ができなくなっているのが常識というのは日本ぐらいのものです。これは企業ばかりでなく役所でも国でも同じですし、大学の研究でさえも東大を頂点とした家元制度のようなものです。

青砥:昇進するためにはイエスマンになるというのが当然の道、と無意識的なバイアスがあるのかもしれませんね。このような枠に盲目的なまま、すなわち自分の脳でものごとを考えてこないイエスマンが、そのまま会社のトップになると、それはそれは適切な意思決定ができるようになるとは思えませんね。ぼくは高校中退の頃から自分の心にNOのものはNOと、社会の枠から外れても、自分の在り様は自分で意思決定してきました。そんな環境、それを許した両親に改めて感謝です。

黒川:そういう考えを持つ人が増えるといいのですが。私から見ると、企業の未来を考えてはいても、組織の内部で大いに「異論」を交換し、それぞれの場合の責任者が「決断」していく、誰に責任があるのかが明確である、このような組織は少ないと思います。

自分で決断するのが社長になって初めてでは、これは難しいですね。トップになるまでは議論もできますが、その先では「私はこの会社をこうしていきたい」と意思を示し、決断しなければなりません。

日本が独自の組織体系を突き進んでいる間にも、社会のパラダイムは着々と変化しています。大企業の上層部がイエスマンになってしまっている中で異論を言い合い、責任者が決断していくことが定着すれば、日本は変わると思います。

──新入社員の採用活動では学歴を重視する企業が大勢を占めています。東大出身の黒川さんと、高校中退後フリーターを経てUCLAに進んだ青砥さんは、この状況をどのようにとらえていますか?

黒川:やはり日本企業は東大・京大出身者などを新卒採用したがる傾向にあると思います。しかし学歴を重視することは、企業にとって本当に有益なことなのでしょうか。単線路線を走ったエリートが必ずしも企業に革新をもたらすわけではありません。最近の東大生・京大生も、単に大手企業に就職すればいいわけではないことに気づき始めています。

青砥:型にはまり、組織内で生きていくことを良しとするのか……疑問を抱く人は増えているかもしれませんね。メインストリームで努力し活躍する、それ自体は素晴らしいことだと思います。ぼくにはできなかったのでとても尊敬しています。

しかし課題に感じるのは、現在の日本は、メインストリーム以外の道を排除する社会構成になっているように感じるところです。出る杭をさらに押し出せば面白い個性が芽吹くのに、教育の過程で出る杭をダメなものとしてラベリングして打ってしまう。

黒川:これについては、この1、2年で大きく変わっている流れというか、新しい元気のいい人たちや企業が数多く現れてきました。その一方で、日本のブランドだった企業、例えば東芝、神戸製鋼、三菱マテリアルなどのスキャンダル。その最たるものが、福島の原発事故だったのですね。
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構成=華井由利奈 写真=藤井さおり

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