黒川:組織内で異論を唱えるのは大切なことですよ。企業でアンチテーゼが生まれれば、議論がなされて合成が起きる。
それぞれの立場で責任ある人が決断することで、そのプロセスが人の知性を磨かれ、また責任の所在も明らかになるのです。
知識ではなく知性を磨けば、江戸時代の徳川幕府から長く続く、日本固有の新卒採用、年功序列、エリート街道などの組織体制を変えることができると思います。
青砥:僕も悲観はしていません。依然として組織体制は残っていますが、ITにより世界中に目を向けることが可能となりました。既存のレールを否定する気は毛頭ありません。それも素晴らしい一つのオプションです。しかし、世界に目を向け、生き方の様々なオプションを知ることは大切なことだと思います。既存のレールだけでなく、様々なレールがあり、それを知り、周りの助言も聞きつつ、でも最終的には自分で自分のレールを選択、あるいは創っていくことが、とても大切なのだと思います。
黒川:ロールモデルがいない今、人とは違うキャリアを築いている青砥くんの生き方はとても意味があることだと思います。働き方をしなやかに変化させている女性も同じです。今まではエリート街道を歩んだ男性がトップへと上り詰めていましたが、今後は本物の知性と決断の実体験を備えた人が必要とされると思います。
──今後活躍する人材になるためには、具体的にどのような経験をすればよいでしょうか?
黒川:イエスマンに終始するのではなく、自らを高める行動を起こせば、ディスラプションを起こすことができると思います。かつて岩倉使節団や福沢諭吉は海外へ渡り、猛勉強をして知識を深めました。日本語に訳された書籍が少ないなか、現地で語学を身につけ、原書を読んで翻訳し世に広めたのです。現代のエリートたちは、それほどの努力をしているでしょうか?
青砥:政治的な背景があっての渡航ではありましたが、やはり現代とは努力と責任感のレベルが違う気がします。
黒川:現代の日本人は従来の常識にとらわれすぎて、身動きができなくなっているように見えます。「自分が現場にいた頃は」と武勇伝を語る上司に、疑問を呈することだってできなくはないのです。私自身、UCLAの教授を退いて日本に帰国し、定年が近づく頃にそれなりの病院の院長を勧められたこともありました。
けれど自分のやりたいことをやるのが、私の人生です。私は自分の体験から私のすることは教育だと考えていました。病院長の誘いは断り、自分の意思を貫きました。しかし、それもそのような打診をいただけたのは幸運でした。
青砥:そんな黒川先生をとても尊敬し、大好き過ぎるのです。本当にやりたいことやっているのだなぁといつも思います。そうでなきゃ、毎月のように世界中を飛び回るだなんてなかなかできないですよ。年齢は関係ないかもしれませんが、もう80歳をおこえになられている。どうみても80超えにはみませんし、見るたびに若返っているように感じます。すんごいパワーです。そんな先生に本当にインスパイアされっぱなしです。
そんな先生の姿をみて、ぼくも自分のやりたいことをやりたいだけやっているんです。よく経営者の仲間から、もっと事業を絞ったら? などと言われるのです。そして失敗もいっぱいしまくりです。でもです、やりたいことがいっぱいあるのです。どれもやりたいのです。だから出来る限りどれもやるのです。
もしかしたら儲けることだけ考えたら、絞ってもいいのかもしれませんが、別にぼくはそれがしたいがために会社を興しているわけではありません。お金も大切ですが、脳のナレッジが色んな文脈で社会の役に立つ、その道を作ることがやりたいことですから、その可能性を出来る限り切り拓いていきたいなぁと思っています。
黒川:その際に大事なのは、たとえ壁となる人が現れても立ち止まるのではなく、突き進むこと。考えて行動すれば、道は拓けますよ。今の世の中を見ていると、部下がオープンに異論を唱えられない組織は、突然のように失脚する傾向にあるように見えます。しかし、これは「必然」だったのです。
失敗を恐れる必要はありません。失敗がなければ利口にはなれない。失敗を経験し、知識ではなく本当の賢さを手に入れた人が、今後必要とされると思います。
黒川 清◎東京大学、政策大学院大学の名誉教授。1962年3月東京大学医学部卒業。1963~1967年まで東京大学医学部第一内科に勤務。医学研究科大学院にて医学博士取得。1969~1983年在米、カリフォルニア医師免許、米国の内科と腎臓内科専門医などとして活躍。UCLA医学部内科教授を辞して、東京大学医学部助教授として帰国。その後、東京大学医学部第一内科 教授、東海大学医学部長、政策研究大学院大学教授などを経て現職。紫綬褒章、フランスのレジオンドヌール勲章シュバリエ、旭日重光章など受賞多数。主な著書に『世界級キャリアのつくり方』『イノベーション思考法』など。
青砥瑞人◎DAncing Einsteinファウンダー CEO。日本の高校を中退後、モデルを経て留学、UCLAにて神経科学部を飛び級卒業。帰国後、ドーパミン(DA)が溢れてワクワクが止まらない新しい教育を創造すべく「DAncing Einstein」を設立。脳x教育xITの掛け合わせで、世界初のNeuroEdTechという分野を研究し、いくつも特許対象のアイデアをもつ。最新の論文から導き出された脳の働きを理解したうえで効果的な教育方法などを研究開発、企業はもちろん学生や教師も巻き込んでいる。