では、銀行が新しいスマホアプリを無料で提供し、一方で店舗投資を節約した場合、その経済効果はどう捉えられるだろうか? 仮にこのような戦略が顧客基盤の維持や体力強化のために必要なものであっても、マクロ統計上は、前者の効果が短期的にはフルに捕捉できない一方、後者は投資減としてそのまま把握されるとなると、成長への効果は直ちには表れにくいかもしれない。
情報技術革新と賃金との関係も複雑である。
現在世界中でみられている労働需給の引き締まりが、かつての経済構造で生じていれば、経済はとうに「供給力の天井」に達し、労働コストが上がっていてもおかしくない。しかし、情報技術革新は、同時に合理化や省力化によって供給力の天井を押し上げる方向にも働いている。
さらに、これだけ労働市場がタイトな中でも、「いずれAIが人間の仕事を奪う!」といったショッキングな見出しが世に溢れている。これによって醸し出される先行きの雇用不安が、賃金の上昇を抑える方向に働いている可能性もあろう。
このように、情報技術革新の果実は、「生産性上昇」として直接観察されるよりも、「本来起こるべきコスト上昇圧力の抑制」といった間接的な形で経済の中に散らばっているものが多く、これが賃金や物価にも影響を与えている可能性が高い。
もちろん、このようなメカニズムには未解決の部分も多い。例えば、新しい情報技術を通じて提供されるサービスが、なぜ価格上昇につながりにくいのか自体、謎の多いテーマである(情報技術革新の盛んな分野は競争も激しいことや慣性効果など、多くの要因が絡み合っているのだろうが)。この問題は、「子供たち」がいずれ戻って来るのかどうかにも関わってくる。
経済が情報技術革新とともに変貌する中、これを分析するエコノミクスの側も、AIやビッグデータなどの情報技術を取り入れ、これらの「どこかに行った子供たち」と「笛」の関係を解き明かしていくことが求められる。
新しい情報技術は、「経済に変数や因果関係が無数にある中、モデルを恣意的に選択し特定の結論を導き出している」、「反証可能性もなく議論が成り立たない」といった、エコノミクスへのさまざまな批判を克服し、建設的な議論を可能とするものでもある。エコノミクスも、囲碁や将棋の進化に負けてはいられない。
また、どこかに行ってしまった「子供たち」の中には、「不都合な真実」も含まれているかもしれない(例えば、人手不足の中でもコスト上昇圧力が緩和されていることは、企業収益にはプラスに働いているはずだ)。子供たちが揃って戻ってきても大慌てすることがないよう、経済の構造改革をしっかりと進めておくことも大事である。