高額紙幣廃止は、新紙幣への両替に銀行での口座開設を必要とすることで、賄賂や脱税で得た現金をあぶり出す狙いがあった。さらに、不正の温床として現金決済から電子決済へのシフトチェンジが進み、インド政府は「キャッシュレスの時代が急速にやってくる」と積極的に後押しした。だが、現金決済が主流だった人々にとっては、カネの回りが急激に悪化する事態を招き、電子決済の推奨はシステム導入の費用がかかることを意味した。
インドの独立系メディア「IndiaSpend」が、西部の商都ムンバイの小売店24店舗を対象に行った調査では、高額紙幣廃止から1年が過ぎ、14店舗が売り上げは減少していると述べ、そのうちの12店舗は5割以上下落したという。
こうした厳しい状況を招いたのは、高額紙幣廃止に加え、今年7月から導入された「物品サービス税」(GST)の影響も大きい。各州で異なっていた間接税を統一するという「インド独立以来最大の税制改革」(インドの邦銀関係者)だったが、中小企業を中心に会計システムの変更で混乱が続いているほか、消費財が値上がりし小売店の収入が低下しているとの報告もある。
経済の混乱は、インド政府が発表する統計にはっきり示されている。2017年4~6月期の実質国内総生産(GDP、速報値)成長率は前年同期比5.7%増と、3年3カ月ぶりの低水準に急落した。モディ政権発足から維持してきた通年で7%以上の成長率が、6%台に低下するとの見方も出ている。
在インドの邦銀シニアアナリストは「改革のコストはかかったが、中長期的にはインド経済の信用性を高めることになる。経済成長も数年以内には8%台の高水準まで回復することも考えられる」と楽観的な見方を示す。だが、混乱が長期化すれば経済成長をさらに鈍化させる可能性もあり、その評価は決して定まっていない。
一貫しているのは、モディ政権が強気の姿勢を崩していないと言うことだ。地元メディアによると、インド政府は2万社の10億ドル(約1140億円)相当の預金を調査し、脱税やマネーロンダリング(資金洗浄)の摘発を強化している。
そうした姿勢を支えているのが、世論からの高い支持だ。米ピュー研究所が今月発表した報告書によると、モディ氏の政策に対して「とてもよい」「よい」と回答した人の割合は88%に達し、昨年の調査から7ポイント上昇した。地方議会選挙では、モディ氏の率いる与党インド人民党(BJP)が勝利を収めており、続投に向けて盤石の態勢といった見方が有力となっている。
興味深いのは、モディ氏への支持が都市部で71%、農村部で68%と大きな差がなかったことだ。実際、高額紙幣廃止などの影響をもろに受けた農村部の労働者などに話を聞くと、政策に不満は抱きつつも、モディ氏への支持は変わらないと言う人が多い。調査では、支持の理由として「雇用創出」と「貧困救済」を挙げる人が多く、これらの問題に対する人々の関心と、モディ氏への期待値が依然として高いことを示している。
だが、こうした結果と同時に、モディ氏の課題に関する質問では「雇用機会の不足」を挙げた人が7割を超し、最も多かった。昨年の調査よりも10ポイント上昇しており、雇用に対する人々の期待が高い一方で、不満や不安も根深いことを示した結果と言えるだろう。モディ氏の「改革」が成果を出さず人々に痛みだけを強いる結果となれば、高い支持率が一気に揺らぐ可能性は十分にあるのだ。