Close

PICK UP

電通総研内のクリエイティブシンクタンクによる連載「NEW CONCEPT採集」

いったん停止の図(illustration by Kenji Oguro)

ビジネスで成功する最大のヒントは、「疑う力」だ、というテーマの本が目立ち始めた。

そもそも我々の生活は、常識的な習慣を疑うことで変化してきた。例えば、残業は「働き者」の象徴だったが、いまでは「仕事が遅いヤツ」である。常識とは覆されるものなのであれば、新しい常識をつくってみるのはどうだろう。



人は誰でも常識が大きく揺らぐ経験のひとつやふたつはもっていると思います。筆者の場合は高校1年生のときに、それまで生まれ育った故郷の岐阜県を離れ、いきなりカナダのトロントに家族そろって引越したことが、人生で一、二を争う衝撃体験でした。

例えば、向こうでは親愛の表現として、友人同士がギュッと抱き合う、いわゆるハグはごく日常的に行いますが、それまでごく普通の地方都市で育った日本の純朴な高校生にとって、これはかなり戸惑いました。挨拶といえばお辞儀か、せいぜい握手しかない国から来た筆者にとって、ハグはまさに(ことに女性とのそれは)常識が塗り替えられる衝撃的な体験でした。

私にとってのハグ体験同様、最近世の中のいわゆる“常識”と呼ばれてきたものが、どんどん塗り替えられ始めていると感じます。例えば、バリバリ働くよりもゆっくり休むことが推奨されたり─。

21世紀に入って15年以上が経過し、20世紀の常識が徐々に新しい常識に置き換わりつつある、そんな印象を受けます。そしてそのような時代の転換期には、これまで当たり前だと思ってきた“常識”を一旦疑ってみて、必要に応じて新しい常識を模索してみることが求められると思います。

西洋哲学に“エポケー”という言葉(概念)があります。もとは古代ギリシャ哲学の懐疑論者たちが「世の中には何一つとして確実なものはない」との立場から、「判断を控える」という意味で用いていましたが、近代に入り、現象学の創始者であるドイツ人哲学者・フッサールが、彼の提唱する現象学的還元(認識の方法論)の中で、「我々が当たり前だと考えている認識・判断をいったんカッコに入れる(思い込みを一時停止してみる)」という意味で“エポケー”を用いました。


経営学者ピーター・ドラッカーは「過去の制度やルールは本当に必要なのか」とエポケーを推奨。

有名な例として、目の前のコップに対して、フッサールは客観的な存在としてのコップがあるという思い込みは一旦カッコに入れて(エポケーして)、「コップが客観的に存在するかどうかはわからないが、とりあえず自分にはコップが見えている(意識できている)」というふうに、物質としてのコップの絶対性は問わず(そんなことは証明できない)、自分の意識の側から、そこに現れているコップを捉え、その意味を考えようという形で、長きにわたり哲学者たちを悩ませてきた「主観と客観は果たして一致するのか?」という難問に、一つの方向性を示しました。

文=中谷俊介

記事が気に入ったら
いいね!しよう

LIKE @Forbesjapan

Forbesjapanを
フォローしよう

FOLLOW @Forbesjapan

あなたにおすすめ

合わせて読みたい