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2015.02.03

ヒューマン・ライツ・ウォッチ―調査のプロがアジアで目撃した本当のリスク




国際人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」。その名の通り、地下深く潜入し、“ウォッチ”する世界的なエリート集団である。国家の嘘を暴き、人権弾圧を告発し、関係国を使って、解決をはかる彼らが見たアジアの真実―。

昨年の12月18日、国連総会で北朝鮮人権決議案が圧倒的な差で採択された。今回の決議案は、拷問、公開処刑、強姦、強制拘禁などに対する懸念を表明し、人権侵害の責任者、すなわち金正恩第一書記の制裁を求める内容が核となっている。
この決議案が採択されるうえにおいて、大きな役割を果たしたのが国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(以下HRW)」だ。ニューヨークに本部をもち、職員数400人、年間予算70億円。90カ国をカバーし、20以上の部局をもつ。定評のある詳細な調査報告、国際社会への告発、アドボカシーと呼ばれる政策提言によって解決をはかる。(中略)

 11月、東京にアジア地区のHRWのフィールド調査員が結集した。彼らだけが知るアジアの現実を、4人のキーマンに聞いた。

情報を得るためのリスクとその対策
「虐待や殺人を目の前で見ると多くの生命が自分にかかってきていることを痛感する。そして、自分の仕事は非常に緊急性が高いことも」
そう語るピーター・ブッカーは、コソボ紛争(1996~99)で、村の中に入り、数多くの転がる遺体や焼かれた家を目の当たりにした。人権報告をレポートするだけでは間に合わないという現実の壁にもぶち当たった。

「冷戦中の人権問題は、拷問や拘束といった事例が多かった。しかし冷戦終結後、世界各地で紛争が多発するようになって、あっという間に人が殺されてしまうのです。例えば紛争地帯での人権侵害。現場は混乱しているため、誤った情報が流れることもある。迅速に活動すべきだが100パーセント正確な情報をもとに動かなければならない。ちょっとした小さな間違いをして、例えばプロパガンダを信じて間違った方向にいってしまうと大きな失敗をする。またHRWが長い間かけて築き上げた信頼が一瞬にして傷ついてしまう」
(中略)

 HRWがさまざまなリスクから逃れるために、工夫していることがある。それは真っ正面から人権を訴えるのではなく、時には「変化球」を投げることだ。「環境活動家として動く。例えば台風などの後に国際的な人道援助が送られてきた時、環境活動家として動けば軍部からの圧力を避けられる。人権を主張していた時に政府から受けた攻撃が、環境活動家として動いた時はかなり和らいだ」 人権侵害を訴えるだけでなく、その地域のシステムを理解して入り込む。そして人権が侵害される政治腐敗の本質と構造を理解する賢明さも必要だ。

 多くの紛争地域で修羅場をくぐってきたピーターに少し意地悪な質問をなげかけてみた。
―たくさんの生命が失われる現場を経験していると、人権がむなしくなることはないですか?

「シリアの危機では、10万人以上の人が亡くなっています。『自分にできることはない』とがっかりすることもある」

そう述べながらもピーターはこう説いた。
「このような大きな苦しみも、やはり人権の侵害によって起きている。最悪の状況が起きることは避けられないが、それを記録することも大事だ。例えばシリアの体制が自国民を化学兵器で攻撃したことは記録すべきです。記録したからこそ、我々はシリアから化学兵器を退去させることができたのです」
記録に残すことの重要性と同時に、告発者の安全の確保を強調する。「ウィキリークスは、アメリカ外交当局の内部文書をインターネット上で公表したが、これによって情報提供者の実名が明らかにされた。表に出ていない活動家の名前も芋づる式に出てしまい、危険にさらしてしまった。ウィキリークスが活動家の名前を削除せずに状況を公にしたのは怠慢と言わざるをえない」

 ピーターは、現在の世界が暴力によって脅かされていると警告する。「冷戦が終わってから世界的に暴力がはびこる局面を迎えている。是非はともかく紛争を凍結していた冷戦が終わったことで世界のあちこちで暴力による人権侵害が起こっていることは現実として正面から見ないといけない」

 ピーターは、かつて南アフリカのネルソン・マンデラの下で働いたこともあった。そして南アフリカの変化を通じて自分の行動によって歴史の流れを変えることができたと強調する。「我々は、倫理的なリーダーシップを世界に対して提供する責任があると感じている」(以下略、)

高英起(デイリーNK ジャパン編集長)

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