記者たちは当惑していた。少なくとも、社長の大橋徹二の目にはそう映った。2013年、コマツの新社長に大橋が就任したときのことだ。「抱負は?」と問う記者たちが期待したのは、もちろん過去の「ダントツ経営」のように、世界的建設機械メーカーのコマツらしい大胆でキャッチーな言葉だろう。
だが、大橋の答えは、まるで肩透かしだった。「お客様の安全がいちばん気になるのです」。新味のない言葉に続けて、「お客様の生産性向上」という、ありふれた言葉を挙げた。
「ほとんどの人は何を言っているのかわからないという顔をしていた」と大橋は振り返る。
それから約2年後、「安全」と「生産性」は大化けした。15年1月、記者発表会で大橋は「これが未来の建設現場の姿です」と、新サービス「スマートコンストラクション(スマコン)」を発表した。工事そのものの概念を変えたとして驚かれるのだが、ありふれた「安全」や「生産性」という概念を、2年足らずでどうやって未来形へとジャンプさせたのだろうか。
進化のプロセスを見てみよう。
「どんぶり勘定」の本当の理由
きっかけは、水を差す言葉だった。社長の大橋を筆頭に役員たちが福島県郡山市の駐車場造成工事現場を訪れたときのこと。案内したのは四家(しけ)千佳史。もとは福島で建機レンタルの会社を経営していた40代の男性で、のちにコマツの執行役員に迎え入れられ、スマコンの推進本部長に就任する。四家が振り返る。
「当時、レンタル会社にいた私はコマツが開発したICT建機を使い、どんなサービスができるかを試していました。なかでもICTブルドーザーで生産性が上がった現場があったので、コマツ本社の役員たちに視察してもらったのです。丁張りといって、板を地面に打って糸を引き、土を盛る高さを示す作業の必要がなく、自動制御のブルが、まるで一筆書きのような動きで作業します。作業時間が半分で済み、お客さんに大変喜ばれました」
ICTブルドーザーは衛星情報から3次元測量を行い、また3次元設計図面を読み込んで、荒掘削から整地まで行う。この日、ブルドーザーの運転席から降りてきたオペレーターは、「油圧ショベルの経験しかない俺でもやれるんだ」と興奮して語った。
ブルドーザーの操作は難しく、技術の習得に5年から10年はかかる。また、従来なら、作業員たちが建機のそばで丁張りの設置や検測を行うため、危険と隣り合わせだった。大橋が「どんなところが役に立ちましたか」と質問すると、やはり答えは「人がいないから、ケガの危険がなくて良かった」というものだった。
視察を終えて、コマツの一行が口々に「いやあ、良かった、良かった」と、ワゴン車に乗り込んでドアを閉めたとき、大橋が水を差すように呟いた。
「うーん、これでいいのかな」
大橋は社長就任前から全国の建設現場を歩き、顧客と会話を深めていくことで、「安全と生産性」こそニーズだとわかっている。言い換えれば、「3Kと儲からない」という厳しい現実があるからこそ、安全と生産性が求められるのだが、コマツの建機だけでこの現実を解決できるのか。また、ブルドーザーの稼働時間が半分で済めば、いずれ売れなくなるのは明らかで、商売として持続性がない。
「もうちょっと考えようよ」。売るだけではなく、もう少し顧客に踏み込めと大橋は疑問を投げたのだ。