彼らは数字を集めて、問題の構造を明らかにしてみた。全国に建設業者は約45万社もあるが、その9割が年間売り上げは6億円以下。他の産業に比べて55歳以上の割合が突出して高く、逆に29歳以下の就業者割合は約1割。技術習得に時間がかかる業種でありながら、若い人が集まらず、熟練作業員の大半が定年を迎えようとしている。
あと15年もたてば、必要人数が101万人も不足する。集中豪雨による土砂災害や老朽施設の更新が増えているのに、日本の土台を揺るがす社会問題が手つかずになっているのだ。
四家は14年10月、社長室に出向き、「建設生産プロセス」という資料を見せた。設計に始まり、掘削、積み込み、土砂の運搬など、客が工事を受注して終了するまでのプロセスである。
「この工程でコマツの建機が動く部分を赤く塗ったところ、全体のほんの一部でした。つまり、コマツの建機がどんなに頑張っても、その前後でダンプの手配や山砂の積み込みに遅れが生じれば、現場の生産性は上がりません。全体最適の実現こそ必要なのです」
大橋は「よし、これだ」と膝を打ち、「来月に発表しよう」と提案した。慌てた四家が、「ちょっと待ってください」と驚くと、「じゃあ、1月1日だ」と大橋が返す。「いや、それも急です」「じゃあ、1月20日で」と決めて、大橋は言った。
「別に四家君ひとりでやる仕事じゃないから。社全体を動かせばいい」。
こうして四家は建機レンタルの経営から本社に移籍。コマツは建機の製造・販売・修理から、工事そのもののソリューションを提供するビジネスに変貌していく。
では、工程の一部にしか関わっていないコマツが、どのようにして全体最適を可能にするのか。まず、全体の効率が悪くなるのは、作業が「どんぶり勘定」だからだ。しかし、「どんぶり」なのは、ずぼらだからではない。四家が説明する。
「工程どおりに進まないのは、そもそも作業を予測できないからです。例えば、山を削るのにダンプを手配しますが、用意すべき台数はどうしても正確に予測することができません。なぜなら、時間をかけて山を測量しても、直線ではないので必ず誤差が出ます。正確な土砂の量を計測できないのです」
そこで「予測できない」という常識を壊すことを試みた。ドローンを使えば、たった15分で1000万点という高密度の点で計測できる。
泥棒対策が新たな価値を生んだ
「ボタン一つで計測できる会社がシリコンバレーにあるよ」
そんな提案をしてきたのは、CTO室だった。CTO(最高技術責任者)は大橋が新設した役職で、開発部門のトップを充てていた。優秀な人材を開発部門の管理職としてラインに縛るのではなく、「面白い技術とコマツの技術を融合させるオープンイノベーション」を目指して、大橋が世界中でネタ探しをさせていたのだ。
1月20日の発表まで時間が迫るなか、今度は来日したスカイキャッチというドローンの会社が法律の壁にぶつかった。日本では認証がないと無線機が使えないのだ。「彼らは正月返上で秋葉原に行き、はんだごてと無線モジュールを買って、急いで飛行可能にしていました」と四家が苦笑する。
この「急ぐ」は、重要なので後述したい。もう一つ、急いだ作業がある。全体最適といっても、現場には他社の建機がある。ICT建機で掘削データを取得して作業を効率化しても、「他の建機はどうする?」という議論になった。「さすがに他社の建機にセンサーを付けるのは現実的ではない」と、役員会で議論が止まったとき、開発担当の役員が手を挙げた。
「うちに細々とステレオカメラを研究し続けている人間がいます」
なぜそんな研究をしているのか理由はどうあれ、コマツの建機に装備したステレオカメラが広角で撮れば、他の建機が掘削した場所をデータ化できる─。こうしてドローン、ステレオカメラ、建機の刃先の3つのデータから、工事現場を立体的な3D画像にしたのだ。これをコマツが開発したクラウド「コムコネクト」で最終設計図と照合。次の作業や段取りの自動化を可能にしたのである。
測量で得た地形の情報は3Dデータに変換され、施工の進捗に応じて随時アップデートされる。
「品質管理部門はステレオカメラにジレンマがあったかもしれません」と、四家は言う。
「通常は市場に出る前に、何度も精度検証を行い、100点満点にします。しかし、今回は結果的に国土交通省の正式な基準に採用されましたが、『70点でも80点でもいいから困っているお客様に使っていただきながら、声を聞いて改善していこう』となったのです」
なぜ大橋は急がせたのか。彼に聞くと、「こういうのは突っ走らなければダメなんです」と答えた。